「きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装ってくださるのなら、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。」

                  ルカ 12章 28節 

不思議なことに、私たちは、神がよくしてくださることを信じ切ることができません。悪いことが起こるのを信じたくないというのならわかりますが、良いことをしてくださるのを信じることができないんです。

自分がある人をとっても気にかけて、愛しているのに、その人は自分に閉じこもって悩んでいるということを経験されたことはないでしょうか。とっても、じれったいでしょう。ましてや、神は、自分の内で思い悩んでいる私たちを見て、じれったく感じられているのです。

また神の気前のよさには驚きます。人が考えるなら、“もったいない”、“無駄なこと”と思えるようなことを、平気でなさるのですから。そのように、物惜しみしない神様が、あなたの求めるものをケチるでしょうか。どうも、神に対して勘違いをしていませんか。神のお財布も、心も、深く、大きく、尽きることがありません。( このような私にも神の恵みが豊かに注がれました。)

終りに、「信仰の薄い人たち」と言われていますが、それは怒っているのではなく、神の愛を信頼しきれていない勿体なさを嘆いておられる言葉です。