(前半)に続き‥‥

 

 

私があの両親を

選んだ理由とは‥

 

 

家族の機能が不全な

私の幼少〜学童期。

 

小学生の私は

姉と2段ベットで寝ていた。

 

大人になって姉から

あの頃

毎晩のように両親は喧嘩をして、

母親が玄関から追い出されて施錠。

 

「その鍵を開けて

迎えに行くのが私(姉)の役目だった」

 

‥つらすぎる。。

 

けれど

あの時、私は寝ていた。。

 

 

 

父の晩年、私が感じたこと。

 

父親にとっての姉の存在は

同志のようで、戦友のよう。

 

数々の激しい衝突。。

 

一方、

父と私の関係性は

表向きでは私を溺愛。。

けれど、

絶対にまじり合うことのない

一方通行の感覚。

 

だから、

私と父には日々の些細なことや

日常会話もほとんど覚えていない。

 

そして

この学校へ行きたい、

これをやりたいというのは

いつも事後報告。

 

日々の些細な会話や心のやりとり、

父と子どもの頃、

もっとしたかったなぁ。。

 

 

私が父の好きなところは

一本気な純粋さ、

嘘のない愛らしい人柄。

また

職人気質で情に厚いところ。

 

‥こんなところが

私は大好きだった。

 

私が母の好きなところは

優しくてお茶目で

おっちょこちょい。

人当たりが良くて愛嬌がある。

誰からも好かれ、

人のために動いている。

 

‥こんなところが

私は大好きだった。

 

ただ、

両親ともに自分自身の

 

本当の思いを

 

感じることが苦手。

 

たとえば、

彼らが20代前半、

第一子が数日で

天国へ旅立ったこと。

 

このときの悲しみや怒り、

悔しさなどの思いを

夫婦で共有できていたら‥

 

その後の

生き方は変わっていたかな。

 

とてもつらくて苦しい思いは

吐き出すことで消化できるもの。

 

自分の内側に閉じ込めるのではなく、

そっと出すことで

世界は変わっていく。

 

だから私は、

自分の子育て期をきっかけに、

自身の思いに

ずっと耳を傾けてきた。

 

モヤっとしたらチャンス!

と掘り起こす。

 

その作業の繰り返し‥

 

ずいぶん楽になるし

前にも進む。

 

これが

父と母から教えてもらったこと、

 

そしてなにより

私が父と母を選んだ理由。