みなさん、こんにちは。


makotono-riの真理です🌿



〜休むことへの罪悪感は、どこから来たのか?〜


冬至前、

とにかく眠くて、身体が重くて、動きたくない日がありました。


「冬至は、無理に動こうとせず

意識を内側に向ける時期」


そんな話を聞いていたので、

今回はあまり抗わずに、自然に任せてゆっくり過ごしてみました。


すると、ふと気づいたことがありました。



いつもの「休み」と、何かが違う

私は普段から、

ゆっくりする日もあるし、ダラダラすることもあります。


でも今回の休息は、

質がまったく違っていた


何が違うのかというと——

罪悪感がなかった


「休んでいていいのかな」

「何かやらなきゃいけない気がする」

そんな、いつもどこかにあった引っかかりが、なかったんです。


ただ、静かに、

身体が求めるままに休んでいる感覚。



表面上は休んでいても、実は休めていなかった

ここで、はっきり分かったことがあります。


今までの私は、

休んでいる“つもり”でも、

• 頭のどこかで自分を責めていたり

• 「このままで大丈夫?」と不安を感じていたり

• ちゃんと休めていない状態だった


つまり、

副交感神経優位ではなかった


身体は横になっていても、

内側はずっと緊張したまま。


それは「休んでいない」のと同じなんですよね。



休むことへの罪悪感は、どこから来たのか?


少し振り返ってみると、

休むことに罪悪感を持つようになった理由が見えてきました。

• ちゃんとしていないと価値がない

• 頑張っていない私はダメ

• 何かしていないと不安


こうした思い込み。


誰かに言われたわけじゃなくても、

知らないうちに身についていた感覚です。


だから、

「休む=サボる」

「休む=悪いこと」

になってしまっていた。



今回の休息は、違った

今回の冬至前の休みは、


「今は、休む時期なんだ」

「身体がそう言っている」


そう、自分に許可を出していた


その瞬間、

身体の緊張がスーッと抜けていくのが分かりました。


これが、

本当に休めている状態なんだな、と。