森鴎外の作品から優品を選び新書サイズのハードカバーの本に仕立て、 小堀桂一郎氏による解説を付けた『鴎外選集』の第六巻を読みました。 森鴎外の作品のうち「史伝」という領域に属する『渋江抽斎』・『 寿阿弥の手紙』・『細木香以』・『小島宝素』の大正5 年から7年にかけての四つの作品を、360ページの紙幅に収めたこの巻は、森鴎外の歴史家としての才能と、その 限界を、余す所なく示したものと思えます。当時、最古の武鑑と思われていた正保4年の武鑑に、内容から見て正保2年のものであるという注釈を付けた「抽斎」とは誰かということを明らかにするための森鴎外の探索から始まり、江戸時代の半ばから大正までの、 文化の姿を明らかにした森鴎外の歴史家としての手腕のほどは、見事としか言いようがないと 思えます。

 森鴎外が抽斎の家族を見つけ出し、関係を築いていく過程は、江戸時代から大正時代にかけての文化の広がりの姿を興味深く描いていて、面白いと思えました。森鴎外 が生きた時代と私たちが生きている現在の間に挟まる断層の大きさには、愕然とさせられて しまいますが…江戸時代と明治以降の社会に起こっていた文化の違いは、森鴎外が亡くなった後、柳田国男が『明治大正世相史』に記すことになります。歴史家としての森鴎外の腕を以てしても、史実を淡々と記す以上のことはできないことを、『小島宝素』は 、示しているようで、興味深く思えました。

 なお、森鴎外が記す、江戸開城の後、抽斎の家族が江戸から弘前まで、徒歩で退転した姿には、感動させられました。弘前藩の医官でありなから、考証学者として、ジャンルを超えて抽斎が突き進んでいく姿には、 

共感を感じました。

 森鴎外が記した本巻の史伝からは、大英帝国で当時、編纂されつつあった『大英人名事典』 の 各 項目の姿を連想させられ、それも面白く思えました。


 

 鴎外選集の全巻揃えです 。


 

 『渋江抽斎』単独の文庫本です!


 

 ちくま文庫版のテキストです。


 

 

石 川淳による森鴎外論で『渋江抽斎』への評価は高い!