

先日、とある地元の中学校で講演を依頼された。中学生の進路に関しての授業で、夢や目標といった内容でとのことで、お受けしてお話しさせていただいた。
ウチの会社では約20年前に、職業体験学習のようなものの始まりがあった時期で、はじめて依頼があった時、当時ウチは小さなパン屋で厨房も狭い、忙しい、作業が止まってしまうなどなどの理由により、断ろうとした。でもよく考えてみると、実際にパン屋さんになりたいと思った子ががっかりしちゃうだろうな~とか考えて、限定3人まで、時間は限定3時間だけでという、ショボイ条件(笑)でお受けしたんです。その中で子ども達がパンを実際につくり、自分で焼いて、親に持ち帰る。そんな内容だったけど当時は本当にその時間の捻出が大変だった。でも子ども達が目を輝かせて、パンが焼けた瞬間なんてのは、ものすごいキラキラ輝いて、焼けたパンを自分で袋に入れて、「お母さんに見せたい!」と喜んで帰っていくんです。あー大事なことなんだなぁ!と思った。
それから月日がたち、その体験学習にきた子が、ウチの面接会にきて、面接をし履歴書の他にウチでは当時、夢シートというのがあり、小さい頃の夢は? 学生の時の夢は? 今の夢は? という項目があった。記入が終わったその子の夢は、進学して、専門学校に入り卒業し、一貫して、
ずっーーーと!!【 粉とクリームで働くことが夢 】!!!(((p(>o<)q)))
涙が出たね。あの20年前に、もし教えるのが面倒だからとかで、やらない年が1回でもあったら、その子の人生が変わった。ほんの数時間ほどの時間だが、その時間が、子ども達の人生を変えてしまうんだ。と切実に思った。だからウチは毎年毎年の子ども達に夢を広げる時間として、今では自分ではその時間に立ち会わせられないけれども、会社として真剣に考え、その数時間で伝えたいことを凝縮しているつもりで、これからもそうありたい。
しかしながら、最近はどうかというと、職業体験学習というものが、昔とちょっと違ってきているような気がする。子ども達が、ヤル気のなさそうに、学校から、先生から行けと言われたからしょうがないからきたんだ的な子がたまにいる。教える側としても良くないし、教わる子ども達も実はよくない。だから、最近では、自分でこの職業を選んできた。という疑似就職活動で多少のぴりっと感がないと良くないと考え、履歴書を書いていただき、採用・不採用 があると面接を行うようにした。履歴書には自分以外の家族の名前も書かなければならない。自分だけで生きていると思っているとしたら、そこではじめて気づく。そうすることで全然違う考え方で、貴重な職業体験を受けることができるからだ。
今年、入ってきたウチの最近の新入社員にしてもあてはまることだが、最近こんなことがあった。ポジションを今年から、新人は、第1・2・3希望を聞いて、本人の希望を 多少 は聞くことにした。その数週間後に・・・
新人 「仕事がきついんです。。。((+_+))」
「続かないカモ~。。。 ((+_+))」
「無理かも~~ ((+_+))」
「もう限界ですぅ~~ ((+_+))」
「もうパン屋の夢は諦めますぅぅ~ ((+_+))」
先輩: 「お前が選んだんだろ~ポジション!」
「何のためにパンの学校いったんだよ!」
「学校、いくら金かかったんだよ!」
「その金、誰が払ったんだよ!親じゃねぇのかよ!そんなに簡単に諦めていいのかよ!」
「まだ始まってもいねぇじゃないか!」
etc・・・・その後、喧々がくがく30分ほど話していて、先輩が言った
先輩:「お前、親に自分のつくったパン、食べさせてねぇだろう!?」
「妹にも、自分のつくったパン、食べさせてねぇだろう!?」
「お前自分だけで生きてるだろう!!」
本人:ハイ・・・ 唖然。。。( ・ _ ・ )
先輩:「辞めんのは、いつでもできるから、じゃ、明日は母ちゃんのためにパンを焼け!」
「明後日は、妹のために、くまさんのパン焼け!!」
「その次は、おやじのために焼け!!」
先輩、無茶苦茶(^^; だけど、ど真ん中の正論!!だ。
その言葉で、本人の顔つきが変わった。(*`▽´*)
やっとこさ、方向が見つかったようだ。
今まではなんだったの?って感じで次の日からがんばるようになった。
自分だけのためには、人は弱い。がんばれない。でも自分だけだから簡単に挫折できる。でも【 自分以外の誰かのために 】がんばらなくちゃと思えば、どこからか不思議な力が湧いてくる。家族のためとか、死んだおばあちゃんのためとか、仲間のためとか、子どものためとか、国のために(最初からそこまでとはいわないが・・)世の中・人の為に役立つ人間になる。のような教育が義務教育課程で、勉強でいい点数とるよりも、大切なことだと思う。
話が相当にとんでしまったが、中学校の話に戻る。その日は、やはりちょっと予測はしていたのだが、やらされている感で講義にきている子が多少見えた。私の前に話す方がいて、その時、寝てる。飽きてる。つつきあってる。じゃれてる。。。担当の先生は子ども達の夢や未来へ熱心な先生で、その先生の熱い心意気で、お受けしたが、やはり、自分もその年代の時そうだったかというと、もっとひどかったと思った。(^^; だけど、自分たちの年代の時には、この職業になる!あの職業になる!というものはあった気がする。自分も小学生の時の卒業文集にしっかり夢が書いてあり、同学年みんなそうだったと思う。できるか、どうかではなく、子どもだから、そんなことは考えないで、こんな職業になりたい!あれもしてみたい!でその職業になる方向の努力をして、だめだった、自分には才能がこっちよりもあっちがいい!と方向転換をすればいい。回り道したっても無駄なんかどこにもない。でも、行くべき方向が決まらなかったら、どこに向かって船を漕ぐのかすら解らないのはとても残念だと思う。
はじめに、私からの子ども達への3つの質問は、
1.「夢をもっている人」挙手。
2.「なりたい職業がある人」挙手。
最後、
3.「友達とケンカしたことある人」挙手。
加えて、その中から
「友達と殴り合ったことある人」挙手。
3つ+1つの質問が終わってちょっとだけ空気が変わったかなと思った。時間も押していたので、自分の生きてきた生きざまと 感情だけを、自分が中学生のちょうど同じ年代からお話しさせていただいた。人は正しき理論よりも、エモーション(感情)の方が絶対に伝わると思っている。あまり先生方からは、教育上よろしくないお話し (^^; もさせていただいたが、いい話の内容より、自分の生きてきた道とその時々の感情を伝えていく方が、子ども達にとって伝わると思った。
伝わったかどうかは解らないし、それよりも大人が子どもに伝えようとする気持ちと姿勢。内容がどうあれ、一生懸命話せば、響く人間もいるし、響かないかもしれない。その時響かなくても後から、じわっとくるかもしれない。こないかもしれない。全く、全ーー然、響きもしないかもしれない。問題は、
大人が子どもに何を伝えたいのか?の思いだと思う。
この中の誰かひとりでもいいから何か自分の夢や、未来に対して考えがちょっと変わった。と言われれば本望である。欲を言えば、あと10年位たっての仕事観が、仕事で壁にぶつかり、あの時、そーいえば、粉クリのおやじが昔こんなこといってたなぁ~ とその子の人生に対して、何らかのよりよくなるきっかけにでもなってくれればと願う。
そんなこんなで、先日、お手紙が届いた。
まだ道が決まっていないけど、前に進みます。的な文章や、大変でもがんばれる仕事をしてみたい!とか、思いがあったから~。なんて中学生とは思えない力強い言葉も頂戴した。
日本を背負う子ども達!これからが素晴らしい!
失敗したら、またやり直せばいい。何かに向かわないと何にも得られない。
機会を与えていただいた、担当の熱心な先生ありがとうございました。
子ども達の光り輝く未来を、心からお祈りいたします。
羽ばたけ、子ども達!
