宿毛市「秋沢ホテル」~国道56号、県道332号~篠山橋(篠山神社鳥居)~篠山神社~「ミマキガーデン」

 

この9日目は、私の今回のお遍路旅でもっとも重要な一日だった。

「遍路道保存協力会」で発行している遍路地図、49ページの足摺岬の地図の片隅には「遍路修行の道」として次の文言が記されている。

 

「古来、金剛福寺を打ち終えた遍路は、次のいずれかの道程を選ぶことを不文律としてきたと伝えられる。

1、打ち戻って延光寺から篠山詣りする。

2、月山参りを終えて延光寺を打つ。

愛媛県一本町札掛は、篠山詣りを果たせなかった遍路が、この地に札を掛け篠山を遥拝して去った名残の地名となった」

 

つまり延光寺の次に篠山神社に立ち寄り観自在寺に向かうのが本来の決りだが、それを果たせなかった遍路が多かったので一本松の第一鳥居に願札を掛け篠山神社へ詣でるのを省略するようになった、と言う事だ。問題は、なぜ篠山神社参りを省略したかだが-----その理由は地図を眺めていると判ってくる。おそらくひとつは篠山神社の位置と高度である。そしてもう一つは宿の問題である。

 

調べると篠山神社は標高1064m、高知と愛媛の県境「篠山」の頂上にある。ちなみに四国八十八遍路寺の中で一番標高の高い寺は「雲辺寺」の標高912mでそれよりはるかに高い。さらに問題なのは神社周辺に宿場町が無く山麓にも宿は見当たらない。

泊まるところがなければ野宿しかない、1000mを超える山で道を間違えれば迷子になり遭難の危険もある。危険を冒すより篠山神社第一鳥居がある一本松から遥拝することで省略させてもらおう。そんなところだろう。

 

 宿毛市内から篠山神社第2鳥居のある山裾まで約14Km、山頂まで更に5.3Km登ることになる。標高差は海から山頂まで1064mとなる。これでは立ち寄るのを省略したくもなる。

 

-------私は、意外な場所に泊まれるところがあるかもしれないと考えた。今回の遍路旅で「農家民宿」「ゲストハウス」と今まで知らなかった宿に初めて泊まっていたので新しい形の宿が意外にひそんでいるかも知れない。

 ブログや体験記を捜しているうちに愛媛県に一軒、廃止になった保育園があって「ミマキガーデン」と言う名で施設を再活用をしているのに気付いた。高知にこだわり愛媛に視点を広げていなかったのは盲点だった。  

 ホームページを探すと地元婦人たちを中心に「料理作り」「宿泊学習」などで地域活性化を担い盛り上げている様子が伺えた。「宿泊学習」は保育園児たちが使っていた教室をそのまま利用している。これを見た時にピンときた。「宿泊学習?」ひょっとして個人でも泊まれるのでは、と。

訊ねたいことがいくつかあった。まず「ミマキガーデン」から「篠山神社」への距離だった。道路事情、交通手段も皆目見当がつかない。もし篠山神社周辺まで宿の方で送迎してくれるなら泊まりたい。

----余談だが四国遍路のお寺で20番・鶴林寺の麓に廃校になった小学校を再活用した宿「さかもと」がある。地域活性化のため地元の人たち運営で今では遍路宿として有名だが「ミマキガーデン」と「さかもと」がイメージに重なっていた。駄目で元々だ、とメールで問い合わせすることにした。

 

------拝啓。ミマキガーデン様。

高知県と愛媛県の県境にある「篠山神社」へ3月末参拝する予定をしています。一人歩き遍路で向かう予定です。ホームページで宿泊可能という情報を拝見し問い合わせさせていただきます。

3月31日に宿毛市内から徒歩で向かい篠山神社に参拝、登頂後は夕方までに9合目駐車場に下山予定。翌朝、同じ場所から同じく徒歩で下山し観自在寺へ向かう計画です。

お伺いしたいのはミマキガーデンさんでは宿泊客を篠山神社駐車場まで送り迎えしていただけるのかどうかという点です。送迎可能でしたら是非一泊させて頂きたいと思っています。お忙しいところ恐縮ですがご返答をお願いいたします。-------

 

 調べると,篠山神社からミマキガーデンへ泊りに行くには人の脚では遠すぎた。それだけでも一日かかりそうな距離で途中長いトンネルがあり、曲がりくねった山道がミミズのようにのたうって続いている。送迎サービスは無理かもしれない。

 

 問い合わせて3日経っても返信は無かった。車での送迎対応を宿で検討しているのか、それともやっていないのかと思った。

 4日目に連絡メールが届いた。宿泊を受け入れます、と言う返事だった。よかった、これで古(いにしえ)のルートで遍路道を歩めると喜んだ。

 しかし気になったことがあった。なぜ3日も返信が無かったのだろう。客商売なら問い合わせの翌日に返信があって当然なのだが趣味や娯楽で営んでいる処なのだろうか?

 ホームページには笑顔で並んだスタッフ集合写真が載っていたが、そのほとんどは高齢女性達だった。若いスタッフがおらず、ひょっとしてパソコンやスマホに不慣れなために返信に時間がかかっていたのかもしれない、と疑念が浮かんだ。せめて電話でも寄こすべきなのに、4日経ってメール返信とは。------しかし、とにかく宿の確保ができた、とホッとした。

 

ミマキガーデンに宿が決まる前までは、宿毛市の秋沢ホテルで2泊し1日を篠山神社への往復に充てる計画でいた。

篠山神社への距離と高度を考えると夜明け前に出て暗くなって戻るだろう、暗い山道で迷わなければいいがと不安だった。ちなみに足摺岬の打ち戻りコースも往復で38Kmと似たような距離だがあちらは全て海岸線で山はない。

 ミマキガーデンで泊まれるなら話しは違ってくる。明るいうちに山を抜け迷子の心配もない。闇に光が射し込んだ気分だった。

   

 3月31日を迎えた。

朝7時にリュックを背負いホテルを出ると宿毛市内から国道の「宿毛トンネル」を抜けた。

 

 

二手に分かれる「篠川橋」で県道332号線へ分岐したが歩き遍路は私以外いないだろう、と想像していた。しかし一人だけ歩いている遍路がいた。

 

 休憩していると大柄な同年輩の男がリュックを背負い後方からやって来た。こんな道を歩くのは同じ志を持ったお遍路に違いないと

「篠山神社に行かれるんですか?」と尋ねると意外な返答が返って来た。

「----わたしゃ『松尾峠』を登って行くのがいやでねぇ、国道の方が楽なのでこっちの道に来たんです」という。

この人も何度目かのお遍路をしている人だった。予想外の返事に、ヘェ、いろいろな人がいるものだと、感心した。

 納経帖に「納経印」を頂けるなら山道より平らな道。辛い道より楽な道、何処を通っても結果は同じでしょ、と言う考えらしい。ハァーっ、こんな考えもあるのか、私のように何から何まで古式にのっとり忠実に辿ってみようというのは異端児だろうか。特に篠山神社に行ってみようという奴はどこかおかしな人間なのか。

 

実際その人は県道332号線への分岐点に来るとそのまま国道を直進して行った。こんな独自のコースで遍路道を歩く人もいるのだ。歩き遍路に決まった道はなくどこを通ろうと自由なのか、そう考えて歩いている人も確かにいるのだ。目から鱗(うろこ)であった。本当に考え方は人それぞれだな、と分かれ道でその人の背中を見送った。

        

 

           

 

 県道に入ると車は見かけなくなった。道路沿いの右に「篠山小、中学校」が並んで建っていたが日本一長い学校名らしい。落語の「寿限無」じゃあるまいし、設立の経緯まで学校名にしなくてもいいのにと写真に収めた。

  

 

 

「篠山橋」に到着したのは午前11時過ぎだった。ほぼ予定通りである。橋を渡った左に鳥居がある。1番目の鳥居は一本松地内にあり、これが2番目の鳥居の筈だ。

 

          

鳥居をくぐり左のフェンスに沿って登るのが遍路道だった。道はすぐに舗装された道に合流し山側には数基のお墓が建っている。舗装道路は墓参りのための道路で墓が終わると山道になった。

     

  

  

  

山道は延々と緩い勾配のまま続く道で平らな個所はほとんど見かけない。ところどころ粘土質の地面にはイノシシが泥をこね回した跡がある。休憩するベンチも見かけないので休みも取らず頂上を目指して進んでいく。何か所かある分岐路には遍路道の案内があり見落とさなければそのまま頂上に向かう尾根の道である。

    

 

    

分かれ道のような要所には案内があり、注意して見落とさなければ迷わないだろうが、暗い夜明け前、夕暮れの時刻だとあらぬ方向に行く危険性はある。

   

 話しは戻るが、泊まれると判った日、私はミマキガーデンに電話を掛けた。篠山神社は初めてであり待ち合わせするのに何処か目印になる場所があるのか、時間は何時ごろなら都合が良いのか確認する必要があった。

 電話に出た女の人は

「篠山神社の山頂脇を通る道路がありまして、道沿いに『登山口入り口』の案内看板があります。その道路の向かい側に駐車場があるんです。駐車場に電波塔が建っているのでその下で待ち合わせしたいと思いますが」と言った。さらに続けて

「反対にそちらは何時ごろ着きますか?」と言うので「午後の4時から4時半の間には到着できる予定です」と答えた。

「もし早く着くようだったら途中で電話を入れます」というと

「いや、篠山神社は携帯の電波が通じにくいんですよ。電波塔の下以外は携帯が通じないんです」と万が一の時に連絡がつかない山であることを教えてくれた。電話が終わった後、私は取り交わした内容を念のためメールで送った。

 

「以下、打ちあわせ内容の確認願います。

3月31日、宿毛市内の「秋沢ホテル」を朝7時出発。本人目印は遍路の白衣姿、青いリュック、午後4時~4時半の間に登山口駐車場の電波塔の下にて待ち合わせ。1泊2食付きで宿泊。翌朝7時半に前日待ち合わせた駐車場まで送っていただく。携帯電話番号××××、氏名××××、住所××××」

 

 メールで送った訳は一番最初の問い合わせの時のミマキガーデンの対応が気にかかっていたからだった。返信に3日もかかるのは情報がどこかで停まってしまう、または処理できないからなのだろう。

 スタッフが高齢で、電話で話した内容が後で問題になるかもしれない。「言った」「言わない」「覚えてない」になってしまう危険もある。標高1000mの山で夕暮れ過ぎに迎えが来ないと遭難する可能性がある。しかしメールで約束の確認を送っっておけば組織の中の誰かは気が付く筈、と。-----この慎重すぎる性格が後で幸いをもたらす結果となった。

 

「電波塔」とやらは駐車場のどこだろう、と後に疑問になった。いくつも電波塔がありはしないだろうか。「駐車場」と言ってもどれだけの広さなのか、何か所もあるのか?と疑問が膨らんだ。そして泊まる3日前に再度メールで問い合わせを入れた。しかしメールを送ったが翌日になっても返事はなかった。また3日も待たされたら大変だ、と電話を入れた。ところが電話はつながったかと思うと留守番電話に転送されてしまう。何回かやってもその繰り返しだ。メールで問い合わせを入れているのだから気が付く筈なのに-----。

この日も、登山中に何度か電話したが山に囲まれ場所により電波が通じなかった。しかし幸いなことに山の中腹に電波の感度が良い地点があり、これが最後だと電話をすると幸いなことに相手が出た。私は手短かに、現在登山中で約束の時間に着く予定で歩いている、もし駐車場で目印の場所がわからず迷子になったら、青いリュックと白衣姿の私を見つけてほしいと告げ、告げると同時に電波が途絶えた。間一髪、話は通じたがやはりメールは読まれていなかったようだった。

 

-----後に判ったが、ミマキガーデンのスタッフの多くは80歳以上のおばあちゃんが多かった。貸与されたスマホの操作に不慣れでメールを開くのもまれだったという。アドレス帳にない人からの電話は、詐欺かも知れないと録音器に転送。その録音も操作がわからず聞かずにいることが多かったという。「どう操作したらいいのか分からなくって」という80歳以上のスタッフが半数を越えていた。

 

 9合目の駐車場に着いたのは午後3時前だった。頂上へは1時間半あれば往復が可能だ。予定した4時過から4時半の間には駐車場に戻れるだろう。すべて計画通りだ。

 電波塔の下にリュックを置くと身軽になって頂上に登り始めた。この一帯は花見時の季節になると車で一杯になるらしいが今は一台も停まっていない。駐車場はテニスコート一面ほどの広さで車20台ほどのスペースがある。電波塔とはこのことか、駐車場片隅に鉄筋の櫓が組まれその上に通信用の鉄柱が天に向かって伸びている。見て初めてこれがそうかと納得がいった。事前にここの風景、待ち合わせポイントをメール写真で送ってもらっていれば駐車場で迷子になるかもしれない、などと心配する必要もなかったのだが。(道路からの駐車場全景)

 

鉄塔柱の右の建物が公衆トイレ。鉄塔の真後ろには今では廃屋になった「篠山荘」という休憩小屋がある。その向こう側から登って来たことになる。

  

 

2番鳥居から上がって来てみた駐車場の光景。右の建物が廃屋「篠山荘」

 

 

 

9合目からの登山道は傾斜がぐんときつくなった。「山頂まであと〇百メートル」とカウントダウン方式で小刻みに距離表示が置かれ、もう少しだ、と励みになる。

      

いよいよ頂上まじかに差し掛かると、鹿の食害から自然を守る柵があり、開けては閉め、上を見あげると石段が続き神社を守る狛犬が下を見下ろしている。

      

 頂上に着くと神社の裏側に登った。朝7時に海抜0メートルの宿毛市から歩き始め1064mの篠山神社に到着するのに8時間近くかかったことになる。なるほどここまでお参りに来る人はめったにいない筈だ、と納得がいった。

 

 

45分後、駐車場へ下山すると一台の軽乗用車が停まっていて小柄な女の人二人が立ち話をしながら待っていた。それがミマキガーデンのスタッフだった。 

 

            

 

ここは誰も人がおらんで、淋しいとこやから、一人で来るのは怖くて2人で来ました、と言う。電波塔の下に青いリュックが置いてあったので、ああ、お客さん今登ってるんだ、メールに書いていたとおりと安心して待っていた、と続けた。車で30分かかって来たと言う。すぐさま車は出発、狭い山道を結構なスピードで走り出す。

2人とも明らかに私より年上だ。このあと妙な話を急にし始めたので最初何のことやら分からなかった。

 

「昨日の夕方、ミマキガーデンに突然お遍路さんが入ってきて、それがお宅さんだと思って、その方泊まって行ったんですよ。変だなあ、一日予定早まったんか、それにしても連絡なしで来るんで変やなあ、と」

つまり私でない別のお遍路が予約なしで現れ、それが私だと勘違いし泊まらせたのだという。ところが今日になって私から電話が入り、えっ!昨夜のお遍路さん別の人だったんだ!とあらためてメールに気がつき迎えに来たんです、と言う。

「えっ?じゃー、もし今日電話入れてなかったら」

というと「--------」2人は黙り、顔を見合わせ

「迎えに来んかったでしょうね」と呟くのだった。

私は思わずゾーとした。誰だか知らない昨日のお遍路を私と勘違いしていたのだ。念の為と送っていた確認メールがやはり役に立った。何だか知らないがすべて間一髪の所で助かっている。最後にかけた電話にもし誰も出てくれなかったら今頃私はポツンと駐車場に取り残されていたのだ!地獄と天国は紙一重だ。

 

途中、長くて真っ暗なトンネルをくぐり抜けると祓川(はらいがわ)温泉というところに車は立ち寄った。ミマキガーデンに風呂はないのでここで風呂は済ませてくれ、4,50分後に迎えに来る、と言う。地元の人が主に利用する温泉で源泉を加熱するやり方だと言う。利用料は宿泊代に含まれていてゆっくりと身体を休められた。温泉を舐めてみると塩味がして白味がかりトロリとしている。服を着替え足の治療をしていると、右足の剥がれかかっていた爪がテープと一緒に剥がれ落ちた。温泉療法が早速効いたのか、違和感がそれで消えた。もう、剥がれそうな爪はない。

  

 

車で5分も走ったころ、ミマキガーデンに到着した。春の余韻が色濃く残る光景が待っていた。幼稚園のような遊具が目の前に広がり桜が散り始めていた。この日の宿泊客は私一人だけだった。 

  

 

 

 

  この日の歩数 37727歩  計測距離 28.5Km    歩行時間 8時間9分