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下船する人の数は50人前後の人数だった。今夜の宿の旗を持っている人のところに行ってチェックを受け、その場で荷物を預けるとそこからそのままツアーに参加することになった。『乳房山登山ツアー』である。実にユニークな山の名前である。母島だから「乳房」があって当然だが、きっと海から見ると乳房のような形をしているのだろう。このツアーに参加するため乗船する時から荷物は山登り用と預け荷物に分けていた。山登りガイドの坂入さんと言う年配のおじさんが宿の人と一緒にいて、その場で氏名の確認となった。気がつくと他にも同じ船で乗ってきた年配の男女二人が単独参加していて、この方達も同じ宿で一緒だった人たちだったが私達を含め4名での登山ツアー出発となった。
乳房山は母島で最高峰の山だと言うがその標高は463mである。筑波山が877mなので半分ほどの高さでまずたいしたことは無かろう、海岸をうろうろ過ごすより母島の全景を見渡せる場所に立ってみようと出発前に申し込んでいたものだった。まずはおにぎり弁当を各自渡される。登山中の飲み物を確認し、そのまま港からスタスタ歩き始める。まさしく標高ゼロからの登山である。時間は1030分頃だった。
(行く手はガスに覆われる「乳房山」。港から15分ほどで登山口)
 
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ここでも靴の裏をブラシで洗ってからの出発である。緑が濃く、湿気の多そうな登山道である。茂っている植物群は当然のことながら南方特有の広葉樹が多くシダ類、ソテツ類が登山道入り口を覆い、国内の登山道とは雰囲気が違う。山道を登り始めると大きな葉が数多く茂り、陽射しが遮られて妙に薄暗い感じである。見上げると樹木上空にガスが覆い湿気が強そうだ。登山道は人一人が登っていくには十分な幅だがすれ違うには譲り合わねばならない程度のものである。最初から登りの道が続く。登り始めて間もなく、急に竹林に周囲を囲まれたりして、ちょっとした標高差で植物群が変ってくるのが面白い。前後にはほかに登山客はいない様子で、今日はガイドさんを含めた5人で貸切である。あちらこちらでトカゲがちょろちょろ動き回り、我々闖入者に挨拶に来る。
             (中央、木の上のトカゲも本土では見かけない種類のようだ)
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陽射しを見ないまま、ほとんどの登りっぱなしの道を進む。広葉樹の葉っぱがぬかるみに落ちて、足元に散らばっている。
  ちなみに、この島を訪れる数週間前『世界遺産に指定されている小笠原の植物が心無い観光客によって数十本も折られた』という新聞記事を読んでいた。その被害の現場がこの乳房山である。人間様の進路を邪魔するなと、人の驕りが群生する植物を邪魔者扱いにし、なぎ倒したのだろう。お邪魔させてもらいます、気ままにお過ごしのところ、お邪魔して申し訳ないですな、・・・そんな心構えで此処へは来なくてはてはならないのだろう。足元に散らばっていた植物群は、その時の被害者たちだったのか、と考えたものだ。
(ジャングル然とした登山道では本土で見慣れない植物群が)
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周囲の枝々を渡るウグイスも本土のものと啼き方が少し違っていて「ホー、ホケッ」と啼いている。最後の締めの部分の「ケッキョ」が啼けないようだ。父島のウグイスの啼き方もそうだったが鳥にも方言があるのかしらと思う。色々な植物が登山道には待ち構えていた。雨が降ったら、ひどいぬかるみになって足を滑らせるだろうなというような箇所が登山道の間には何ヶ所もあってつくづく雨でなくてよかったと思った。幹周りが何十メートルになるかと言う樹木も途中で見られ、そんな樹木脇には住居跡があって葉っぱを屋根の一部にしていたのかと勘ぐりたくなる。この山にも戦時中の痕跡があり爆弾であいた大きな窪み、塹壕の跡が数箇所見られた。筑波山と同じくらいの勾配の山だなと実感して登っていた。昼に頂上に着いたが頂上もガスの中で景色はまったく望めなかった。晴れていれば海まで見渡せるそうだが連日ガスに覆われているようだ。
 (頂上の表示板、その後ろはガスに煙っていた)
 
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頂上は狭い見晴台で、座る場所も無い猫の額といった広さ。食事の時間も来ていたが、登ってきたのとは別のルートを通って次の休憩所まで下山することになった。途中やっと一人通れる尾根を渡る。対向者がいたら、すれ違いが難しいほどの狭い尾根道だ。もし晴れ渡っていたら高所恐怖症の私は脚をガクガクさせながら渡っていたかもしれないほど両側が切り立つ尾根でまさに馬の背である。下山開始して30分ほどで屋根のある休憩所に着きそこで昼食を摂る事にした    
              (この休憩所からも、好天なら絶景が見渡せたはずだった)            
 
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休憩所もガスで覆われていてガイドさんも今月4回登って4回ともガスに見舞われているという。ちなみに小笠原はこの時点で梅雨に入っていた。おにぎりはかなり大きめで中に入っている昆布や梅干が汗をかいた身体には染み入るように美味しかった。
下山の道をたどっているとひときわ鬱蒼とした場所でガイドさんが不意に立ち止まり『この樹がこの山の精霊の樹です』と、登山道から数メートル脇に立つ樹を指し示した。登山道から脇にそれた場所に、黒々と生き物の顔を被っているかのようにその樹は立っていた。『ここに来ると確かにレイキを感じる』と一緒にいた別の年配女性が言ったが「霊気」といったのか「冷気」といったのか分からないがそう言った。妻もその前に立つと『感じる』と言った。私は冷気こそ感じなかったがまるでその樹は人が樹木の皮を着て森の中にじっと立っているように見えた。山の精霊が宿る樹までガイドされるとは思ってもいなかった。
(山の精が宿るといわれる異形の樹木、暗くて不気味な感じがした)  
 
    
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少し早めに夕方4時近くに下山したが予測したより強行軍の登山だった。妻が手ぶらで登れるように私が小さなリュックを終始担いでいたが(えらい!夫のカガミ!泣けてくるねこの思いやりには!誰も誉めないから自分で言うんだけどね)妻はこんなに山歩きをするとは思わなかった、と日ごろの運動不足が身に染みたようで、今度もこんな旅行をする時には一人で行ってねと、ダメ押しされた。標高こそ低いがかなり疲れた登山だったようで、多分にこの地帯の湿気が肉体的にダメージを与えたのだろう。低山の割には確かにきつい山だと思った。鬱蒼として景色が見えず、気分転換が出来ずにそれも疲労感を増加させていたのだろう。しかし雨でも降られた日には気が滅入るばかりの登山だったろうと、せめて雨が降らなかったことに感謝した。父島といい母島といいガスに覆われやすい島で、行ったことは無いが屋久島も似ているようだ。赤道からの位置、緯度も地図で見比べてみると似たようなのでこれは亜熱帯の特有の気象影響をうけているようだ。