7年も経ってしまったのですね。

311の東日本大震災14時46分18分

今でも忘れません、大学病院の採血室で勤務をしていました。

 

 

ちょうどその時採血中でした。

 

 

女性の方を担当していました。

 

 

ちょうど、3本の採血の内の2本目を採血中でした。

 

 

後2分程で採血が、終わるところでしたので、

ご本人に『2分程で終わりますが、一回抜きますか?』

と確認すると『そのままお願いします。』とのこと、

揺れの中採血させて頂きました。

 

 

採血室が、その当時一番新しい建物でしたので、

1階という事もあり、思ったより揺れは酷くありませんでした。

 

 

採血が終わった時には、

まだ、揺れは続いていましたが、

ひやひやしながら採血を終わったのを覚えています。

 

 

ちょうどその時、カイロプラクティックの学校に通っていたので、

市ヶ谷から五反田まで歩きながら、コンビニによると、

お結び、パン、お菓子、ジュース、お茶、コーヒーなど

口に出来る物は、売り切れて、棚だけ、

絆創膏、ろうそく、電池、食べ物以外も、

無くなり、オープン前の、準備をしている

コンビニエンスストアの状態でした。

 

 

歩くつもりだったので、17:00の段階で、

お茶や、お結びを購入したので、

歩きながら口にいれることが出来ましたが、

帰宅難民になった方は、実は、牛丼屋、かつ丼屋など

24時間チェーンなどで、食材が無くなり10時や、

11時で閉店なんてところもありました。

 

 

比較的近くに住んでいる方は、歩いて帰っていましたが、

遠くの方は、近場の、居酒屋で、朝の電車を

待って、いた方もいたようでした。

 

 

車は、大渋滞で、バスは、パンパン状態で、

途中で、立っている方は、降りたり、

帰宅難民の方々が、渋滞している車の間を歩きだし、

更に、車が進まなくなったようです。

 

 

ガソリンスタンドも、渋滞したようです。

 

 

福島第一原子力発電所事故で、

国内の原子力発電所が安全審査のために、

停止したことで、計画停電が、実施された。

 

 

京急電車などは、電車が当日だけでなく、

止まってしまい、帰宅できなくて、

病院に泊まることが、何回も有りました。

 

 

東京都内でもこんな状態なのです

余震も有り、ヒヤヒヤしたものです。

 
 

仙台の施術会に行くようになり、

3年半になりますが、仙台駅近辺では、

東日本大震災影響は、全くと言っていいほど、

感じられません。

 

 

でも、7年になってもまだ7万3000人が、

避難生活を余儀なくされています。

 

 

津波の影響だけでなく、原発によって、

戻ることが出来ない方々もあります。

 

 

一日も早い復興が進みますように。

 
 
 

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臨床検査技師&栄養士のカイロプラクター

竹内 優心(まこと)

まことストレッツカイロ

TEL:070-65-765432