世界の建築家 安藤忠雄の若き日の全財産を投資した西ヨーロッパ建築巡り | MBAによるキャリアチェンジへの挑戦

世界の建築家 安藤忠雄の若き日の全財産を投資した西ヨーロッパ建築巡り

新国立新美術館で開催されている「安藤忠雄~挑戦」に行って、安藤忠雄さんの若き頃の西ヨーロッパ建築巡りの決断をしたエピソードを思い出した。

 

安藤忠雄さんは、貧しい家庭のため、建築を学ぶために大学に進学することもできず、建築を独学で学んでいた。22歳の時に日本各地の建築を巡る旅をする。そして、建築のアルバイトをしてお金がある程度貯まっていた24歳の時に、以下の祖母の言葉で全財産を使い果して、西洋の建築を見に行く決断をする。

 

「あなたね お金貯めてどうすんの?役に立たないよ。それよりも、いま自分が持っているお金を全部自分に投資しろ。そして、自分の体の中に残すしかない。」(2013年5月2日放送 日経スペシャル「私の履歴書」より。)

 

そして、安藤さんは、憧れの近代建築の父、ル・コルビュジエに会いたい一心で、1ドル=360円の時代に全財産を使い果して、1965年に横浜から船でソ連のナホトカに行き、シベリア鉄道でヘルシンキを経由して、最終目的地のフランスへ向かうこと決める。安藤さんは、当時の西ヨーロッパ旅行のことを振り返り、「命がけです。近所の人は“安藤の子は帰ってこないだろう”と言い、水杯で行きました。」と言っている。

 

安藤忠雄さんはル・コルビュジエの代表作である「ロンシャンの礼拝堂」で、ものすごくたくさんの人が集まるのに興味を持ち、場を作る仕事が建築であると思った。“私の履歴書”には、「たくさんの西洋建築を見て歩くうち、建築とは、人間が集まって語り合う場をつくる行為にほかならないと気づいた。」と書いてある。

 

安藤さんは、7か月に渡る旅で所持金は底をついたが、この旅は「自分にとって得られるものが大きかった」と語っている。

 

もし、安藤さんが、若き頃に全財産を投資して、西洋建築旅行をしなかったら、世界の安藤忠雄になっていなかっと思う。

 

私は、安藤さんの祖母の言葉にはとても感動をしていて、今でも頭の中から忘れられない。自分も、30歳の時に、全財産を使って、英語のMBAに行くことを決め、バージニア大学のDardenビジネススクールに交換留学をした。自分が、海外のトップスクールのDardenで見てきたこと、感じたことは、自分の中の目線を常に高くする(自分の基準を上げる: Raise the standard)ことにつながっている。自分の目線(基準)が高くなったからこそ、今でも、英語力を鍛えないといかないと、日々痛感して、努力をし続けているし、MBA卒業後の大きなキャリアチェンジにつながった。

 

安藤さんの若き頃の西洋建築巡りのエピソードは、若き頃に貯めたお金を自己投資をして、将来の大きなリターンにつながった実例です。私費でMBA進学をする人の心の励ましになるかと思い、ご紹介しました。