今でもあの時の瞬間を思い出すと胸が熱くなってきます。子供たちと創ってきた思い出は私の一生の宝物です。読んでいただいたあなたに心から感謝します。

 

 対戦相手の韓国チームとタイチームではプロ野球選手と中学生のような実力差があったかもしれません。試合がはじまりましたが、韓国のエースピッチャーはストレートで130キロ超えていたかと思います。わがタイチームはかすりもしません。逆に韓国チームの攻撃がとてつもなく長く続きます。特別ルールで9人をこえて攻撃にはうつらないため9人で攻撃は終わります。一方わがタイチームは、きっちりと3人3三振というあっけない終わり方で、5回コールドゲーム18対0参考記録ながらノーヒットノーランにおさえ込まれ終了しました。

 試合終了後、情けなさと悔しさ、そして何よりも実力を全く出すことなく終わってしまったことへの怒りに満ちた私は、せっかく韓国のスタッフが用意してくれていた市内観光などを全てキャンセルさせ「練習をするのですぐにグランドへ連れて行ってもらいたい」と頼みました。しかしグランドはすぐには準備できないという返答だったので「それじゃこのままホテルへ直行してもらいたい」と伝えると、あまりのこちらの雰囲気に圧倒され、しぶしぶ全てをキャンセルしホテルに直行しました。

 ホテルに到着後、裏の土手に連れて行きみんなを並べて話をしました。「今日の試合で、自分の実力を出せた者はいるか。勝敗は関係ない。せっかく1か月半も朝から晩まで練習をしてきたのに、なんだあのざまは!もう2度とあんな試合をしないためにも、この土手を大声を出してから走れ!私がいいというまで走れ!」と。裏の土手とは言え、ソウルの中心街が近く、多くの市民が土手の上を歩いています。選手たちは恥ずかしかったのでしょう。中途半端な声しか出さずに遠慮がちにやっています。そこで私が見本を見せました。「ドリャー!」腹の底から声を出し、全速力で坂道を走り抜き、坂の上から「こうやってやるんだ!」と選手たちに促しました。そのあまりにも大きな声に驚いた通行人は足早にそこから立ち去り、誰も近づかなくなり、選手たちにはやりやすい状況になりました。

 最初に責任感の強いキャプテンのオーンが先頭きって大きな声を張り上げ走り出しました。そこに次々と選手たちが続き、夕闇せまるソウルの街に子供たちの大きな声が響き渡りました。そろそろみんなも声が出てきたのでやめるように指示すると逆に子供たちは「もう少しやらせて」と言ってきました。汗びっしょりかいて、目が輝いてきたのがよくわかりました。最後に「明日はこうやって元気いっぱいに自分たちの野球をやろう」といい、その晩は9時前には誰に言われることもなく全員眠りにつき、次に日これまた強豪の台湾戦をむかえました。この試合は私を心から感動させるものとなりました。