不屈の人であってもらいたい!
世界的な企業を興した日本の創業者達は、何回も何回もつらい失敗を繰り返しながらもその度に、不屈の心で立ち上がった。ホンダと言えば、今や世界的な企業として、日本国内はさる事ながら、世界中に親しまれる大企業に成長した。このホンダを作ったのは本田宗一郎である。彼は天才技術者と言われたが、「ピストンリング」の製作に苦労したのだ。車のエンジンの要となる部品で、これができないとオートバイができない。先輩に助言を求めても「おまえなんかにできてたまるか!」と冷たい言葉をあびせられたという。そこで落ちこんでしまって「自分にはできない」とあきらめてしまう人もいるかもしれない。しかし彼は「よし!それならやってやる!」と立ち上がった。
彼は、工業専門学校の聴講生となり専門技術を学び、学校から帰ってくると、来る日も来る日も工場に寝泊りして研究に研究を重ねた。彼は若い日を振り返りこんな名言を残している。『人間その気になりさえすれば、瓦にまかれた種でも芽を出させる事ができる!』と。この気持ちが実を結んだのは、9ヶ月も後の事であったと言う。彼は、寝る間も惜しんで研究を重ね、ついに「ピストンリング」を完成させたのである!君たちもどうか不屈の人であれ!せっかく生まれてきたのだから、自分らしく何かを残せるような人生を送ってほしい。その土台を作るのは今しかない。
発明王エジソンから学ぶ!
発明のための研究に関しては昼も夜も関係なく、時間を忘れて没頭した。普段の睡眠時間も30分ほどの仮眠を1日数回、合計3時間ほどしか取らず、ほぼ24時間体制と言ってよいスケジュールで仕事を続けていたため、「エジソンの研究所の時計には針がない」とまでうわさされたほどであった。
彼は後年、「私の若い頃には、1日8時間労働などというものはなかった。私が仕事を1日8時間に限っていたら、成功はおぼつかなかったはずだ」と語っている。彼は84歳で死んだが、80歳を過ぎてもなお「私にはまだやらなければならない仕事がある。少なくともあと15年は働かなければならない」と言いながら1日16時間のペースで仕事を続けていた。
1300もの発明をして、成功をおさめたエジソンだ
が、それをはるかに上回る失敗をしている。彼の最もすごいところは失敗を恐れない」ことだった。電球の発明に取り組んだ時のこと。一〇〇〇〇回の失敗に驚く友人に「オレは一回も失敗なんかしていないよ。うまくいかない方法を10,000も見つけたんだ」
と。失敗にくよくよせず、意味を見いだそうとする姿勢が成功を生んだ。失敗を恐れない生き方を身につけてほしい。