最後の恋―つまり、自分史上最高の恋。 (新潮文庫)/阿川 佐和子
¥540
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短編小説集の最初のストーリー。


お姉ちゃんに「まこ、これすぐ読んでみて!!」と強く勧められ、読んでみた。




泣いた。


涙流しながら、家の中を一人で散歩中のリッキーを探しに行った。


座敷で日向ぼっこしてるリッキーを見つけ、


「リー!」って呼ぶ私に


「なになに、俺のこと探してたのか?なんかあったのか?」って言いながらしっぽ振って駆け寄ってきたリッキーを、泣きながら抱きしめた。



「何があったか知らないが、撫でられて嬉しいから許す」とリッキーが言った。




嬉しい時も悲しいときも、誰にも見せたくないような一面も、私のすべて見てきているリッキー。


いつも心配かけてゴメンネ。


寂しい思いさせたりしてゴメンネ。


もっとたくさん遊んであげられなくてごめんね。



私たちは、永遠に一緒にはいられないってこと、


リッキーは知ってるのかな。


その小さな身体で、


限りある時間の中で、


全身全霊で愛を注ぎ続けてくれるあなたの存在は、


私たち家族にとって、なによりも大きな癒しであり、支えであり、宝物です。



これからも、大切な家族でいてください。








風の男 白洲次郎 (新潮文庫)/青柳 恵介

¥420
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あなたが尊敬する人は誰ですか?




そう質問されたら、迷わず白洲次郎と答えるだろう。




この本を読みたくなった理由は、




最近知り合った人生の大先輩が、白洲次郎を憧れの人物だと語っていたから。




ソフトバンクのCMのお父さん犬が

白洲次郎をイメージした設定だと知ったから。




そんな理由から、この本を読んでみようと思い、


読み終えたとき、自分も完全に白洲次郎の虜になっていた。


ぜひ私の周りの大切な人に、人生を見直すきっかけに、この本を勧めたいと思う。






第二次世界大戦後、マッカーサー率いる占領軍により今後の日本の行く末が決められるとき、


敗戦国である日本は当然のことながら脆弱で、


マッカーサーやアメリカに強く出れる者などいなかった。




そんな中、彼らと対等に、


むしろ彼らを驚かせるほど毅然とした態度で主張し続け、


戦後の日本を守り、支え、形成した人物が白洲次郎であった。




長身で、ハンサムで、


イギリス英語を流暢に喋り、


80歳すぎるまで大好きなポルシェを乗りこなしていた男。




そんな特徴だけでも彼に惚れてしまいそうだが、


彼の残した伝説と、
私が彼に惚れたポイントを挙げておきたい。




・天皇からの贈り物をマッカーサーに届けたとき、「その辺においておけ」と言われ、


「日本国の天皇からの贈り物をすぐに受け取らず、そんな扱いをするとはどういうことだ。失礼きわまりない」と怒って持ち帰ろうとした為、マッカーサーが慌てて詫びたという話。




・白洲は、私利私欲をもって付き合おうとする人間を敏感に見抜き、それに対して非常に厳しい反応を示した。




・白洲が晩年に至るまで、仲良く付き合っていた人に共通した性格があった。


私心のない人、大所、高所に立って、自分の考えや行動すらも客観的に捉えられる人、本当に愛情のある人。





当時、白洲のように本気で国を良くしようとする政治家は確かに存在した。


今の日本には、一体そんな政治家がどれほどいるのだろうか。


何故、お金や名誉のことばかり考えた人たちが国を牛耳っているのだろうか。


本当に嘆かわしくて、悲しいことだと思う。


政治に興味が無いのではなくて、知れば知るほど悲惨な状況に、絶望しかしないから、あえて目をあてたくなくなるのである。






白洲次郎の妻は、白洲正子(ま、まさこ・・・)といい、


彼女は「次郎の妻」としてだけでなく、


戦後、古典美術と古典文学の世界において、
「韋駄天夫人」と異名をつけられるほど活躍し、有名な女性となった。


(やはりまさこさんはパワーのある女性が多い!)


白洲正子についても、いつか詳しく調べてみたいと思う。





白洲夫婦のイメージは、


せっかちで3歩先を早歩きする次郎と、


そんな次郎を静かに見守りながら、次郎が救いきれなかったものを見抜いて拾う正子、という感じ。



白洲夫妻のエピソードを挙げておきたい。




・次郎が京都滞在中に、たまたま正子夫人が京都に来るようなことがあると、白洲は汽車の到着予定時刻よりずっと早く、ひそかに京都駅まで出迎えに行き、正子夫人がやってくると、わざと横を向いてろくに喋りもせず、車で夫人を目的地まで送るとどこかへ消えてしまうというふうであった。




・次郎は友人に「夫婦円満の秘訣を教えてやろうか」と話しかけ、「一緒にいないことだよ」と語った。


こんなエピソードから伝わってくるのは、
次郎の内に秘めた優しさ、
純情で照れ屋で一本気な性格である。


次郎はいつも何かに怒っている様な様子だが、ニコっと笑ったときの表情は子どものように純で人を惹きつけたという。




こんな男性、さぞかしモテたであろうが、




正子との結婚が決まった時、部屋に飾っていたイギリス人女性の写真を破り捨て、


「これはもういらなくなった」といったという。




こういったところは、さすが日本男児という感じがする。





完全に個人的な感想だが、
なんだか白洲次郎と自分の祖父が似ている気がしてならなかった。




祖父は、戦争を乗り越えたたくましさと、強い意思の持ち主。


頑固で譲れない性格でもあったようで、


上司と喧嘩して会社を辞めて帰ってきてしまうようなこともあった。




そんな夫を横で支えながら、自分は看護婦婦長として凛々しく働き続けた祖母。


祖父は祖母が座る時に必ず白いハンカチを敷いてくれ、

電車に乗る時は必ずグリーン車に乗せてくれたという。




一見厳しそうだが、愛する人に対しては最高のジェントルさを持って接するところが、
白洲に似ているように思えてならない。




祖父は自分が経営者となったとき、


仕事では厳しかったが、一方で社員を自宅に泊めたり、一人ひとりに愛情を持って接していたという。




祖父のエピソードを聞いていて思うことは、


私利私欲のために生きている人には誰もついていかないということ。


社員や、社会や、日本、のために!という愛情・情熱のある人が成功するということ。




そして「情」に振り回されてはいけないが、

「情」の無い付き合いや生き方だけは絶対にしたくないということ。





話がそれたが、


白洲次郎の生き方、考え方は

現代に生きる私にも大きな影響を与えた。




この本を読んでいると、
まるで自分まで次郎に渇をいれられたかのような気分になる。




果たして、今私が白洲次郎と出会ったとしたら、また会いたいと思われる人間であるだろうか。

私の好きな人は、白洲次郎に好かれるだろうか。





白洲次郎の命日は、昭和60年11月28日。


私が生まれる前年。


遠い昔の人のようで、実はそんなに昔のことじゃない。


戦中のことをほとんど知らない自分に驚いた。






今夜は、祖父と白洲次郎に、


平和な生活を送らせてもらっていることへの感謝の気持ちをこめて眠りたいと思う。