エアコンのクリーニングを頼もうと思っていました。

というより、今回はもう
「頼もうかな」ではなく、
使う前に頼まないと無理だなという感じです。

今使っているエアコン、正直カビが酷くて。

久しぶりにふと見たときに、
これはこのまま夏を迎えるのはちょっと怖いなと思いました。

エアコンって、いざ暑くなってから使い始めると、
においが気になったり、風がなんとなく不安だったりしますよね。

でも今回は、そのレベルではなくて、
目に見えて「これは一度きちんと掃除してもらわないと使えない」と感じる状態でした。

だから、今年は本格的に暑くなる前に
プロのエアコンクリーニングを依頼するのは、ほぼ決定事項。

そう思って、料金を調べ始めました。

ただ、エアコンクリーニングって、
基本料金だけ見ると「まあ、これくらいかな」と思えるんですが、
必要そうなオプションを付けていくと、意外と高くなるんですよね。

防カビ。
室外機。
汚れ具合による追加作業。
気になるところをちゃんとお願いしようとすると、
どんどん金額が上がっていく。

もちろん、カビが酷い状態なら、
中途半端に済ませるより、しっかりきれいにしてもらった方が安心です。

むしろ、今の状態で使うなら
クリーニングは絶対に必要だと思っています。

でも、そこでふと思ってしまったんです。

ここまでお金をかけてクリーニングするなら、
買い替えという選択肢もあるのでは、と。

今使っているエアコンは2020年製です。

ものすごく古いわけではありません。
まだ年数だけ見れば、買い替えるには少し早い気もします。

だから最初は、
「クリーニングして、もう少し大事に使おう」
という気持ちでした。

でも、カビが酷い。
クリーニングはマスト。
しかもオプションまで考えると、思ったより高い。

そうなると、話が変わってきます。

そんなときに、ふと見つけてしまったんです。

6畳用のエアコンが4万円台。
施工ありでも6万円台。

しかも、工事費込み。

思わず二度見しました。

え、工事費込みでこの値段なの?
クリーニングを頼むつもりだったのに、
気づいたら新品エアコンの商品ページを真剣に見ていました。

もちろん、今の時代にこの価格のエアコンを見ると、
正直ちょっと怖さもあります。

いろいろなものが値上がりしている中で、
工事費込みで6万円台。

安いのはありがたい。
ものすごくありがたい。

でも、安すぎると逆に不安になるんですよね。

ちゃんと冷えるのかな。
工事は大丈夫なのかな。
追加料金はどのくらいかかるんだろう。
音はうるさくないかな。
数年で後悔しないかな。

お得なものを見つけたはずなのに、
今度は別の心配が出てくる。

ただ、我が家の場合、エアコンを使うのはほとんど夏だけです。

冬はそこまで使わないし、
一年中フル稼働というわけではありません。

そう考えると、
最新の高機能モデルじゃなくても、
夏にちゃんと冷えてくれて、必要な時期にしっかり働いてくれれば十分なのかもしれない。

高性能なエアコンを長く使うのもいい。
今あるエアコンをクリーニングして大事に使うのもいい。
でも、カビが酷くて、使う前に必ずクリーニングが必要な状態なら、
思いきって買い替えるのも現実的な選択肢に見えてきます。

最初はただ、
「夏前にエアコン掃除を頼まなきゃ」
と思っていただけでした。

でも調べていくうちに、
クリーニング代、オプション、今のエアコンの状態、新品の価格。
いろいろなものが頭の中で並び始めて、
気づけばかなり本気で買い替えを考えていました。

暮らしの買い物って、こういうところが難しいですよね。

単純に安いから買うわけでもない。
まだ使えるから絶対に買い替えない、というわけでもない。

今の状態。
これからかかるお金。
安心して使えるかどうか。
そして、夏を快適に過ごせるかどうか。

全部を考えると、
「クリーニングで済ませる」だけが正解とは限らない気がしてきました。

もちろん、買い替えるなら設置条件や追加料金はしっかり確認しないといけません。

エアコン専用コンセントはあるのか。
配管用の穴はあるのか。
今のエアコンの取り外し費用はどうなるのか。
リサイクル料金は必要なのか。
室外機の置き場所で追加料金がかからないか。

商品代だけ見て決めるには、ちょっと危険です。

でも、それでもやっぱり、
カビが酷い今のエアコンにクリーニング代をかけるなら、
新品にするという選択肢はかなり気になります。

掃除して使い続けるか。
思いきって買い替えるか。

今年の夏を前に、
エアコン問題が思ったより大きな悩みになってきました。

最初はクリーニングの予定だったのに、
まさか買い替えまで本気で考えることになるとは。

見なかったことにするには、
ちょっと魅力的すぎる価格です。

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ちなみに見かけたのは、このエアコン

アイリスオーヤマ製という怖さはあれど、それでもこの値段なら、と少し考え込み中です

 

 

今日は各地で気温がかなり上がっていたみたいですね。

夏日を超えて、場所によっては真夏日近くまで上がっていたとか。

どうりで暑いわけだ。

外に出た瞬間の空気が、もう少しだけ夏の顔をしていて、
「あ、今年もこの季節が近づいてきたな」
と思いました。

暑い。

確かに暑い。

できることなら涼しい部屋にいたいし、
エアコンの効いた場所で快適に過ごしたい。

熱中症も怖いですし、無理をする必要はまったくないと思います。

ただ、暑さを避けてばかりいると、
体がいつまでも暑さに慣れてくれないのも事実なんですよね。

そこで出てくる言葉が、

暑熱順化。

個人的に、言葉の響きだけでかっこいいランキング上位に入ります。
なんだか必殺技みたいな雰囲気すらある。

でも中身はとても現実的で、
簡単に言えば「体を暑さに慣れさせること」。

暑くなり始めた頃にしんどく感じるのは、
まだ体が夏仕様になっていないからなのかもしれません。

暑熱順化には個人差があるようですが、
数日から2週間くらいかかるとも言われています。

つまり、本格的な夏が来てから急に頑張るよりも、
今くらいの時期から少しずつ慣らしておくことが大事なのかもしれません。

たとえば、少し歩いて汗をかく。
シャワーだけで済ませず、湯船につかってみる。
暑い時間を完全に避けるだけじゃなく、無理のない範囲で外の空気を感じてみる。

もちろん、我慢大会をする必要はありません。

水分をとる。
休む。
日差しが強すぎる時間は避ける。
しんどい日はちゃんと涼しい場所に逃げる。

そこは大前提。

でも、熱中症が怖いからといって、
暑さを一切感じない生活だけをしていると、
本気の夏が来たときに、もっと体がびっくりしてしまうのかもしれません。

暑さから身を守ること。
そして、暑さに少しずつ慣れていくこと。

この両方が大事なんだろうなと思います。

暑いものは暑い。
夏はちゃんと手強い。

だからこそ、今のうちから少しずつ。

無理せず、逃げすぎず、
今年の夏に向けて体を慣らしていきたいですね。

熱中症は怖い。
でも、慣れるためには暑さを少し体感することも、きっと大事。

そんなことを感じた、夏の入口みたいな一日でした。

ドラクエ×Reebokのコラボ情報を見て、思わず手が止まった。

 

 

いや、これはズルい。
ドラクエ世代には刺さりすぎる。

シリーズ誕生40周年というタイミングで、Reebokとのコラボ。
しかもスニーカーだけじゃなくて、Tシャツまである。

こういうのを見ると、ただのファッションアイテムというより、
もう「装備品」に見えてくるから不思議。

ゲームの中で、
「どの武器にしよう」
「この防具、誰に装備させよう」
って悩んでいたあの感じ。

それが現実で、
「どのカラーにしよう」
「どのデザインにしよう」
に変わっている感じがして、ちょっと胸が熱くなる。

今回のコラボは、歴代11作品をイメージしたデザインがあるみたいで、そこもまた良い。

自分が最初に遊んだ作品。
思い出に残っている作品。
音楽を聞いただけで一瞬であの頃に戻れる作品。

ドラクエって、単なるゲームじゃなくて、
その時代の記憶ごと残っている人も多いと思う。

学校から帰ってきて急いで電源を入れたこと。
攻略本を読みながらワクワクしたこと。
なかなか倒せない敵に何度も挑んだこと。
レベルアップの音に、なぜか救われたこと。

そういう記憶が、スニーカーやTシャツになって日常に出てくる。

これって、かなり楽しい。

しかもReebokとのコラボというところがまたいい。
スポーティーで普段使いしやすそうだし、さりげなくドラクエ感を楽しめるのも魅力。

がっつり主張するというより、
知っている人が見たら「あっ」となる感じ。

そういうアイテムって、なんかうれしい。

個人的には、スニーカーはもちろん気になるけど、Tシャツもかなり良さそう。
夏にさらっと着たら、それだけで気分が上がりそうだし、ドラクエ好き同士なら会話のきっかけにもなりそう。

「それ、ドラクエ?」
って言われた瞬間、たぶん語りたくなる。

予約や販売数に限りがあるみたいなので、気になる人は早めにチェックした方がよさそう。多分競争になるんだろなぁ~…

こういうコラボって、買うかどうか悩んでいる時間も含めて楽しいんですけどね
どれにするか迷っている時点で、もう冒険は始まっているのかもしれない。

ドラクエ×Reebok。
これはただのコラボじゃなくて、
あの頃の冒険を、今の自分がもう一度身につけるようなアイテム。

履く、着る、というより。

やっぱりこれは、装備したい。

 

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ちなみにReebokのこのタイプの靴は、ウォーキングに大変いい感じなので結構愛用しています

 

 

今日のお昼ご飯は、マック。

でも、ただのマックじゃなくて、ちょっと特別なマックでした。

名古屋名物 手羽先風黒胡椒ジューシーチキン

「ご当地マック」って言葉だけで、なんだか少しテンション上がりますよね。

名古屋といえば、やっぱり手羽先。

その手羽先風の味がバーガーになっているなんて、気にならないわけがない。

手に取った瞬間からちょっと楽しい。
こういう「今しかないかも」と思わせてくれるメニューって、つい選びたくなります。

お昼ご飯って、毎日のことだからこそ、つい流れ作業みたいになりがちだけど、
今日はこのバーガーのおかげで、少しだけ気分が変わりました。

ただお腹を満たすだけじゃなくて、
「これ食べてみたかったんだよね」
「ちょっと面白いもの見つけたな」
って思えるだけで、午後の気分まで少し軽くなる。

こういう小さな楽しみ、大事ですね。

ご当地メニューって、味そのものはもちろんだけど、
「その場所らしさ」を感じられるところが好きです。

名古屋にいる感じ。
名古屋を味わっている感じ。
いつものお昼が、ちょっとだけ思い出になる感じ。

今日のお昼は、そんな少し特別なご当地マックでした。

みなさんは、ご当地メニューを見つけたら試したくなるタイプですか?

最近、ちょっと思っていることがあります。

睡眠時間が短すぎる。
早く寝た方がいい。

これはもう、分かってるんです。
分かってはいるし、時間の使い方も自分なりに工夫しているつもりです。

やることの順番を考えたり、無駄な時間を減らそうとしたり、「今日は早めに終わらせよう」と思ったり。
それなのに、気づけばなぜかいつも同じような時間になっている。

不思議なくらい、寝る時間だけは安定して遅いです。

「今日こそ早く寝る」

この言葉、何回思ったんだろう。
もはや夜の恒例行事みたいになっています。

でも、よく考えると、寝る前の時間ってただの空き時間じゃないんですよね。

一日ずっとやることに追われていると、夜になってようやく少しだけ自分に戻れる気がする。
スマホを見たり、ぼーっとしたり、ちょっとだけ片づけたり、明日のことを考えたり。

その「少しだけ」が積み重なって、結局いつもの時間になる。

たぶん、問題は時間がないことだけじゃなくて、寝る前の時間を手放せないことなのかもしれません。

早く寝た方がいいのは分かっている。
でも、一日をそのまま終わらせるのが少し惜しい。

そんな気持ちがどこかにあるのかもしれないです。
だから最近は、「早く寝なきゃ」と自分を責めるよりも、夜の過ごし方を少しだけ変えたいなと思っています。

完璧に生活を整えるのは難しくても、15分だけ早く布団に入るとか。
寝る前にやることをひとつ減らすとか。
スマホを見る前に、先に寝る準備だけ済ませておくとか。

大きく変えようとすると続かないから、まずは小さく。

睡眠時間を増やすって、ただ早く寝るだけの話じゃなくて、自分の夜の使い方と向き合うことなんだなと思いました。

今日こそ早く寝る。

……この言葉が、ただの恒例行事で終わらないようにしたいです。

みなさんは、寝る時間をちゃんとコントロールできていますか?

 

 

 

追記

最近は、無理に気合いで早く寝ようとするより、寝る前の環境を整える方が大事なのかもしれないと思っています。アイマスクやナイトライトみたいな小さなものでも、「そろそろ寝よう」と切り替えるきっかけになりそうです。

 

 

自動車税を払ってきました。

毎年のこととはいえ、やっぱりこの支払いは少し重い。
わかってはいる。
必要なものだということも、ちゃんとわかっている。

でも、財布からお金が出ていく瞬間って、なんとも言えない気持ちになります。

支払いはコンビニで済ませました。

自動車税は39,600円。
40,000円を出して、お釣りは400円でした。

ただ、そのとき私は財布を車の中に置いたままでした。
支払いだけ済ませるつもりだったので、財布を持ってきていなかったんです。

そこで、とりあえず自動車税の通知書が入っていた袋に、その400円のお釣りを入れました。

ほんの少しの距離。
車まで戻るだけ。
それくらいなら大丈夫だと思っていました。

ところが。

車に戻ろうと歩き出したら、その袋の中から小銭がポロポロと流れ落ちてしまいました。

チャリン、チャリン、と音を立てて転がっていく小銭。
慌てて拾おうとしたものの、何枚かは近くに停まっていたトラックの下へ。

しかもそのトラックは、どうやら運転手さんが仮眠しているような雰囲気でした。

さすがに下をのぞき込む勇気もなく。
声をかけるのも申し訳なく。
その場では諦めるしかありませんでした。

手元に残ったのは、100円玉ひとつ。

400円あったはずのお釣りが、100円だけになってしまった。

金額だけ見れば、なくしたのは300円です。
でも、自動車税を払った直後の300円って、なんだか妙に重い。

ただの小銭じゃない。
支払いを終えたあとに、かろうじて手元に戻ってきた小さな救いみたいなお金だったんです。

だから余計に悔しかったのかもしれません。

たぶん金額の問題だけじゃないんです。
税金を払って、少ししょんぼりした気持ちで受け取ったお釣り。
それをコンビニの駐車場でぶちまけて、しかも取り戻せなかった。

その流れ全部が、地味に心に残ってしまいました。

人生には、大きな事件ではないけれど、あとから思い出して妙に悔しくなる出来事があります。

今日のこれは、まさにそれでした。

今度から小銭は、ちゃんと財布にしまってから動こう。
そんな当たり前のことを、少し高い授業料で学んだ気がします。

それにしても、あの小銭たち。
トラックの下で、今ごろどうしているんだろう。

いつか誰かに見つけてもらえますように。

 

 

別に大きな出来事があったわけじゃない。

誰かに何かを言われたわけでもないし、
失敗したわけでもない。

それなのに、
なんとなく気分が重い日があります。

【なんでこんなに沈んでるんだろう】
【何か原因があるはず】
【ちゃんと見つけて解決しなきゃ】

そんなふうに、
気持ちそのものより
原因探しのほうが大きくなっていく日。

でも、
少し静かに見てみると

気分が沈んでいることと
その理由をはっきりさせることは、
別だったりします。

思考は、
理由がわからない感じを嫌がるんですよね。

だから
なんとか説明をつけようとして

【昨日のあれかな】
【この先の不安かな】
【やっぱり自分のここがだめなんだ】

と、
次々に意味を足していく。

そうやっているうちに、
ただ少し重かっただけの気分が
だんだん【ちゃんと深刻な問題】みたいに見えてきます。

でも本当は、
今日は少し沈む日。

それだけで終わっていいこともあります。

気分が重いのはOK。
はっきりした理由がなくてもOK。
言葉にできなくてもOK。

無理に理解しなくていいし、
きれいに整理しなくていい。

【今ちょっと沈んでるんだな】
そのくらいで置いておけると、
思考が勝手に広げる話に
少し巻き込まれにくくなります。

理由がないと落ち込んではいけない、
なんてことはないんですよね。

なんとなく重い。
なんとなく静かにしていたい。

そんな日があることまで含めて、
別におかしくない。

今日の気分に
無理やり意味を与えなくても、
今日のあなたはそのままで大丈夫です。

きっかけは、YouTubeで動画を見ていたら「老舗のサイト」を「ろうほのサイト」って読んでいたことでした。

最初に聞いたときは、

あれ?
それって「しにせ」じゃないの?

と思ったんです。

コメントで「多分誤読やでー」と指摘しようとしたんですけど、そこで少し手が止まりました。

いや、でも待てよ。

もしかして自分が知らないだけで、あえてそう読むパターンがあるのでは?

「私立」と「市立」を区別するために、
「わたくしりつ」
「いちりつ」
と読むことがあるみたいに、

「老舗」も何か理由があって「ろうほ」と読んでいる可能性があるのでは?

そう思って、少し調べてみました。

すると、これが思ったよりややこしい。

まず、一般的な読み方としては、やっぱり「しにせ」でいいようです。

老舗の和菓子屋。
老舗メーカー。
老舗ブランド。

普通に会話や文章で使うなら、たぶん多くの人が「しにせ」と読むと思います。

自分もずっとそう読んできました。

ただ、調べてみると「ろうほ」という読みも、辞書には載っている場合があるようなんです。

これ、ちょっと意外でした。

完全な間違いだと思っていたものが、
実は一応正しい読みとして存在している。

こういうの、少し困りますよね。

「間違ってますよ」と言おうとした側が、
逆に「いや、辞書に載ってますよ」と返される可能性があるわけです。

しかも、数年前にはラジオ番組でも似たような話があったみたいです。

店員さんが「ろうほのお茶」と言っていた、という話題に対して、
最初は「それは誤読では?」という空気だったそうです。

でもその後、リスナーから
「辞書に“ろうほ”という読み方もありますよ」
という指摘が入って、

結果的に「ろうほ」もOKだった、という流れになったらしいです。

これを知って、ちょっと面白いなと思いました。

ただ、ここで大事なのは、

「辞書に載っている」

「日常で自然に聞こえる」
は、必ずしも同じではないということです。

たとえば「老舗のサイト」を「ろうほのサイト」と読まれたら、多くの人はたぶん一瞬引っかかると思います。

自分も実際に引っかかりました。

間違いとは言い切れない。

でも、自然かと言われると、やっぱり少し珍しい。

このあたりが日本語の難しいところです。

特に動画や音声だと、文字と違って一瞬で耳に入ってきます。

そこで「ろうほ」と聞こえると、

え?
今なんて読んだ?

となる。

でも調べてみると、
完全な誤読とも言い切れない。

こうなると、コメントで指摘するのもなかなか難しいです。

「老舗は“しにせ”ですよ」と書いたとして、
それ自体は一般的な感覚としてはかなり正しい。

でも、厳密には「ろうほ」も読みとして存在している。

となると、強めに指摘するのは少し危ない。

こういうときは、

「一般的には“しにせ”と読むことが多いですが、“ろうほ”も辞書にはあるみたいですね」

くらいが、いちばん安全なのかもしれません。

それにしても、日本語ってこういう罠が多いです。

読めそうで読めない漢字。
読めているつもりでも、実は別の読み方もある漢字。
間違いだと思ったら、実は辞書に載っている読み方。

「老舗」もまさにそのタイプでした。

自分の中では完全に「しにせ」だったので、
「ろうほ」と聞いた瞬間は、かなり違和感がありました。

でも、調べてみると、
店名として「〇〇老舗」を「〇〇ろうほ」と読む例もあるようです。

そう考えると、単純に

「ろうほ」は間違い!
「しにせ」だけが正解!

とは言えないんですよね。

とはいえ、普通にブログや会話で使うなら、自分はやっぱり「しにせ」を使うと思います。

老舗の味。
老舗の安心感。
老舗のサイト。

このあたりは「しにせ」と読んだ方が、読み手にも聞き手にも自然に伝わりやすい気がします。

「ろうほ」は間違いではないけれど、かなり硬いというか、特殊な読み方に近い印象です。

なので今回の結論としては、

「老舗」は基本的には「しにせ」と読む。

ただし「ろうほ」という読みも辞書上は存在する。

でも、一般的には「しにせ」の方が圧倒的に自然。

という感じでしょうか。

それにしても、コメントで指摘する前に一度調べてよかったです。

ネットだと、つい反射的に

それ違うよ

と言いたくなる瞬間があります。

でも、今回みたいに
「違うと思ったものが、実は違いきれない」
ということもあります。

もちろん、明らかな間違いもあります。

でも、言葉に関しては特に、
自分が知らなかっただけ、というパターンも意外とあるんですよね。

今回の「老舗=ろうほ」は、まさにそれでした。

たぶん今後も自分では「しにせ」と読むと思います。

でも、どこかで誰かが「ろうほ」と読んでいても、

あ、そういう読みも一応あるんだったな

くらいには思えるようになりました。

ちょっとした違和感から調べてみると、
意外と面白い発見があるものですね。

今日はこれをやって、
このあとあれを片づけて、
できれば少し早めに休みたい。

そんなふうに
頭の中で一日の流れを作っている日ほど、

ちょっとしたズレに
妙に弱くなることがあります。

連絡が遅れた。
予定が延びた。
ひとつ作業に手間取った。

それだけなのに、

【もう今日はだめだ】
【全部くるった】
【思ってた通りに進まない】

そんな気分になってしまう日。

でも実際には、
全部が崩れたわけじゃなくて

【思っていた形】が少し崩れただけ
だったりします。

ただ思考は、
予定のズレをそのまま
一日の失敗みたいに扱いたがるんですよね。

【最初からこういう日だった】
【もう立て直せない】
【ちゃんとできない自分はだめだ】

そんなふうに、
出来事よりも
意味づけの方が大きくなっていく。

でも、
予定通りにいかなくて少し乱れるのは
別におかしなことじゃない。

人は機械じゃないし、
一日もいつも同じじゃないです。

だから、
少し崩れた日にまで
完璧な進み方を求めなくていい。

ズレたならズレたで、
今日はそういう流れなんだな、
くらいでいいこともあります。

【予定が崩れた】
それは事実。

でも
【だから今日は価値がない】
そこまでは、たぶん思考の足し算です。

少し乱れた日。
少し思うようにいかない日。
それでも、その日が全部だめになるわけではないんです。

きれいに進まない日があることまで含めて、
今日も別にこれでいい。

車検のあいだ、代車としてトヨタのコンパクトカーに乗ることになりました。

普段の自分は、どちらかというとクルマを見た目で選んでしまうタイプです。
外観のデザインとか、雰囲気とか、ぱっと見たときの印象って、やっぱり大事だと思っていて。

だから正直、代車に乗る前はそこまで期待していたわけではありませんでした。

でも、実際に運転席に座ってみると、思っていた以上に驚きました。

とにかく、運転席まわりが使いやすい。

ドリンクホルダーの位置。
小物入れの場所。
ちょっとした小銭を置けるスペース。

こういう細かい部分が、ちゃんと「そこにあってほしい場所」にあるんです。

派手さはないのに、使ってみるとわかる。
毎日使う人のことを考えて作られている感じがありました。

ああ、クルマって見た目だけじゃないんだな。
道具としての使いやすさって、こんなに大事なんだな。

そんなことを、代車に乗りながらしみじみ感じました。

もちろん、見た目の好みは今でも大事です。
好きなデザインのクルマに乗る楽しさもあります。

でも、毎日使うものだからこそ、ストレスなく使えること。
手を伸ばしたところに必要なものがあること。
ちょっとした置き場がちゃんと用意されていること。

そういう小さな工夫の積み重ねが、実はかなり大きな満足感につながるんだと思いました。

こういう「ツールとしての完成度」って、やっぱりすごいですね。

そして、もうひとつ面白かったことが。

その代車のナンバーが、まさかの完全ゾロ目でした。

見た瞬間、ちょっと笑ってしまいました。
しかもその数字、個人的にはどこか縁起が悪いものだと思っていたんです。

でも気になって調べてみたら、実はかなり良い意味を持つ数字らしくて。

なんだか急に、ただの代車がちょっと特別な存在に見えてきました。

車検中のほんの短い付き合いのクルマでしたが、思った以上にいろんな気づきをくれました。

見た目で惹かれることも大事。
でも、使ってみてわかる良さもある。

クルマに限らず、もの選びってそういうことなのかもしれませんね。

次に何かを選ぶときは、少しだけ「中身」や「使いやすさ」にも目を向けてみようと思います。