makohannのブログ

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私は、8月7日自身の誕生日に妊娠がわかりました。ニコニコ
子供を作ろうとして半年以上経っていたので、妊娠がわかった時は、夫婦共にとても嬉しかったです。ラブラブ 


妊娠がわかった後、急につわりがひどくなりました。でも、子供がお腹の中にいるのだと思うとすごく幸せな気持ちになりました。


そして、2回目の検診の日がやってきました。『ちゃんと赤ちゃん元気にしてくれてるかな?』本当に普通の事をお祈りして、ウキウキしていました。しかし、そこには、大きな試練が待ち受けていたのです。

私は、後頚部浮腫(NT)という病名を聞かされました。まだ、小さな胎児になったばかりの赤ちゃんに腫瘍が見つかったのです。

高齢出産に良く見られるそうですが…



私は、当時27歳になったばかり…本当に信じられませんでした。ううっ...

先生は言います。この症例は、1000人に1人なんだけどね…ダウン症で産まれてくる可能性があるよ。もし、そうでなくても心臓病を抱えて産まれてくるかもしれない…どちらにしても長くは生きられないかもしれないね。産まれてすぐに心臓が弱くて死んでしまうかもしれない。でも、ひょっとしたら元気に産まれてきてくれる可能性もあるかもしれない。
今は、羊水検査で99.9%と高い確率でダウン症かどうかわかります。羊水検査を受ける受けないは自由です。現在ではまだリスクを伴う恐れがあります。また、羊水検査をしても、心臓病に関してはわかりません と答えました。
先生は、絶対にそうなるとは言えないし、何も起こらないとも言えないと答えました。
次回までに、羊水検査を受けるか否か、産むか、降ろすかを決めてきておいてほしいと辛そうに言いました。


私は、黙々と先生の話を聞き、一言一句逃さぬよう頭の中に閉じ込めました。


まるで、第三者の様に冷静に話を聞いていた自分を思うと今も少し胸が痛みます。
主人にはこの事をすぐに伝えました。その時の主人の「冗談じゃないんだよな?」の一言は今も覚えいます。
いつもは冗談ばかり言って場を和ましてくれる人なのに…

「まさか自分達が?!」とそう誰でも思いますよね…


話をしてから1時間ぐらいたったでしょうか…

私たちは産む決心をしていました。
「家も売ろう…ローンだけど。最悪仕事も変えて、実家に行こう!なんとかなるさ!」
「命を殺すということはできないよな」と

又、私自身も身体を傷つける事を恐れていました。
さらに、子供を降ろした際、そのあとに産まれてくる妹や弟になんと説明したら良いのかわからないし、自分の背中を後ろめたくて見せる事ができないと感じていたからです。
自分に自身が持てなくなるという事はどれほど恐ろしいかと…

しかし、これは、全て私達、いや私のエゴなのかもしれません。


もしかしたら、「私なんか産まれてこなければ良かった!」とせめられるかもしれません。

周りの家族は、迷惑に思うかもしれません。

社会は受け入れてくれないかもしれません。

どこかそう不安で不安で仕方がなかったと思います。
そんな最中、両家族とも意見交換の場がありました。皆この難しい問題に頭を抱えています。


口を閉ざす者、開く者、様々でした。

でも、一番伝わってくるのは、私達夫婦に幸せになってほしいというその強い思いでした。

それからも、主人と何度かぶつかり、強い言葉を沢山浴びせあったかも知れません。
本音と本音のぶつかり合いでした。

そして、ようやく決心がつきました。「私は産む」と…主人ももちろん賛成してくれました。

今思うと最後まであきらめず、全く折れようとしない私は、少し自分勝手だったなぁと思います。でも、私は、自分が後悔した時こそ全てがエゴになる…



私さえ後悔しなければ、道は開ける

どんなことも乗り越えられる

神様は乗り越えらえられる試練しかあたえない


そう思うよう心がけけたのです。

でも、私達はどん底でした。
たまに、周りの元気な親子連れが目に入ると、なぜか、私達だけ、違う世界の住人のような気がしていました。

でも、そんな事は気にしない!!   前向きに考えるようにしよう。ぺこ


今考える事は、この子をなんとか元気に産んであげられるよう自分に出来る努力をする事!!それが全てでした。


私達が目標を決めてから、いろんな人が手を差し伸べてくれます。

暖かい言葉、熱い応援、お守りを用意してくれた友達もいました。

そして、私達夫婦の手助けになるかもしれないと一生懸命伝えに来てくれた弟夫婦。その思いを信じて今までやってきました。いろんな人の力と助言の言葉をを信じて本当に良かったと思います。

決心するという事は、すばらしい勇気とパワーを生み出すひとつの手段だとその時知りました。


その後は、食生活の根本を学び、水、空気、栄養など出来る事は全て吸収していきました。

主人も尿管結石で入院したばかりだったので、二人一緒に健康になる為の努力を始め、主人も顔色がどんどん良くなっていきました。


正しい情報、正しくない情報を見極めるの難しいと思います。
この情報操作された世の中で、何が本当で嘘かなんてわからなくなります。

しかし、

「素直になる」「心を開く」「信じる」

この三つを心がけていたら、おのずと正しい道は切り開かれていくものだと思えました。
皆の優しさが、私を素直にしてくれます。

私は、料理教室なんかにも参加出来る様になり、笑う事も多くなりました。

私は、この小さな幸せの奇跡を信じようと思いました。





そして出産当日、破水して陣痛室へ…
6日遅れでしたが、元々6日差があると検診で言われていたので、実際には予定通りだったと思います。4月1日エイプリルフールの日なんて、本当に今思い返すと出来すぎなんじゃないの??
って感じです。
かお




出産については、初産なので、なかなか大変でした。陣痛促進剤を打つことになり、とても痛みの強い出産になりました。分娩室に入り、最後の力む際、もうすぐ、この子に会えると強く思いました。

そして、その瞬間「オギャー。オギャー。」と大きな産声をあげました。
3時45分元気な男の子です。顔立ちは自分の弟に似ていて、元気に産まれてきてくれたのに、思わず笑ってしまいました。
お乳もすぐ飲んでくれて、こんなに嬉しい事はありません。
助産師さんも元気そのものだし、良かった好それにきれい綺麗な赤ちゃんよ。とほめてくれました。

でも、私は、不安がまだ残っていたのか?2日寝てなくて体力が限界だったのか?

なかなか本当に喜ぶ事ができませんでした。

そんな時、立会してくれた主人がすっと携帯画面を見せてくれました。

事情を打ち明けていた何人かの近しい仲間や家族がLINEでずっと実況しつつ応援メッセージを届けてくれていたのです。それを見たとき、たくさんの人たちの暖かい言葉をリアルタイムで感じ取れて次の瞬間から、私の目には、ポロポロポロポロ涙があふれ出してきました。

あの時は、本当に嬉しかったです。心に残る一日になりました。

その後も子供の成長は、facebookやLINEで紹介させていただいてますが、すくすく成長してくれています。
もうきっと、何もないはず、大丈夫だと…思うようにしました。



そして、最後の審判の日、一か月検診と先天性異常の検査結果を聞きに来ました。

検査は、問題なく元気でした。先天性の検査は、6項目あるそうです。



ドキドキします。。。













そして、検査結果

「6項目全て、異常見当たりませんでした」と女医さん…一瞬理解できなかったけど、

「えっ!?何もないんですね?大丈夫なんですね?」



また、涙がポロポロ流れてきます。



その時ようやくこの子に対して、本当におめでとうと小さな手をぎゅっと握りしめてあげました。


私自身も家族もようやく肩の荷が下りたような気がしました。



今では、この子は、私達夫婦を助けるために産まれて来てくれたのではないかと思います。



担当の先生も、検診の途中から母子ともに健康で順調すぎたのでしょう…
私の最後の検診時、NTという事も忘れていたようで、私があえて告げると「あ~っ そんな事もあったね あはは… でも健康で本当に良かった」と喜ばれました。【笑】え゛!




最後に私は、この出来事を通して同じような事で苦しんでいる人がいるなら助けになってあげたいです。


なぜなら、私の子供だってもしかしたら産まれてこれなかったかも知れないのですから…・・・

今もダウン症の検査を受けて8割は降ろしてしまうのが現状だそうです。

残り2割はそうでなかった場合と
そうであってもちゃんと育てていらっしゃる方とに分かれるそうです。


私は何が本当で嘘かなんてわからないけれど、

自分の人生だから、自分の運命に勝って欲しいとそう思います。

そして、何が正しいのか正しくないのかを見極める力をつけていきたいと思います。

そして、どうか大切なわが子を最後まで信じて守り抜いて下さい。





もしかしたら、これはなにかのおつげなのかもしれないのですから…


                         全ての人に幸運を祈ります