人は誰かを好きになると、
相手のために少し無理をすることを
自然なことだと思ってしまう。
「ここで自分が引けば済む」
「相手を思えば、これくらい当然」
そうやって自分を後回しにすることを、
優しさや思いやりだと感じることがある。
しかしそれは、
相手を「支えている」つもりで、
いつの間にか「背負っている」瞬間でもある。
相手の課題に踏み込み、
自分の生活や気持ちを後回しにしていく。
愛情が深くなるほど、
境界線は静かに曖昧になっていく。
「支える」と「背負う」は、
優しさという言葉で、よく取り違えられる。
支えるとは、
相手の人生は相手のものだと尊重したまま、
困ったときに、そっと手を差し出すこと。
一方で、背負うとは、
相手の問題に自分が責任を持つようになり、
気づけば自分の時間や決断が
相手基準になってしまうこと。
境界線を越えるサインは、とても小さい。
・「これくらい大丈夫」と言い聞かせている
・理由はないけれど、どこか引っかかる
・決めるたびに、迷いが増えていく
それを
「愛している証拠」だと思い込み、
自分の疲れを見ないふりをしてしまう。
気づかないまま、
自分が削れていくことが、
関係を続ける条件になっていく。
自己犠牲は、愛ではない。
優しさは愛になることもある。
けれど、自分を壊してまで
続けるものではない。
つまりそれは、愛に見せかけた取引なのかもしれない。
だからこそ、
その違いに気づくことが大切だと思う。
それに気づいたとき、はじめて
心は騒がなくなり、
「無理をしなくていい」という感覚が残る。
それは、
愛を手放したのではなく、
自分を取り戻した証なのかもしれない。
画像出典:Pinterest(original creator unknown)
