大根役者

大根役者

日常と街道の旅を続けています。ガスリーのHobo's LullabyとアズナブールのLe cabotin(大根役者)を友に

出世稲荷神社は、松江の領主が代々信仰した神社だ。創建年代は不詳だが、現在の松江城のある亀田山に鎮座していた。松江の地は、宍道湖と中海を望む末次と呼ばれており、農耕も適さない湿地帯だった。末次の地を開拓するにあたり、農耕の守護神をお祀りしたのが始まりとされ、里人の信仰を集めていた。

 以前にも訪れ、ブログにも書いたのだが、今回は、つつじの季節に訪れた。宍道湖を渡る風が心地よかった。

創建年代は不詳だが、元は、現在の松江城のある亀田山に鎮座していた。松江の地は、宍道湖と中海を望む末次と呼ばれており、農耕も適さない湿地帯だった。末次の地を開拓するにあたり、農耕の守護神をお祀りしたのが始まりとされ、里人の信仰を集めていた。

鎌倉時代に入り、松江(末次)の里を地頭として支配した土屋六郎をはじめ、末次城主となった末次五郎清政や松江城を築城した堀尾吉晴、さらには江戸期に入ってからの松江城主、松平家に至るまで、代々この地を治めた人々も信仰されていた。

堀尾吉晴が松江城を築城した際、松江の守護神として、藩の細工所の敷地(松江城前の県民会館のエリア)の中に、社殿を造営した。後を継いだ松平家の代々の殿様も同様にお祀りし、藩費にて神社の費用が賄われていた。

拝殿

本殿

摂末社

授与品

古代出雲王国は、日本海の東西に広範囲な影響力を持っていた。この地方の古宍道湖、古中海は、大きな湖で、この地よりも南側

すなわち、中国山脈沿いに集落が作られていた。前述したように、干拓は大きな意味を持つ事業だった。藩政時代に土木事業で巨万の富を築いた村上舎喜のように、この地と土木事業は現代においても切り離されない。

歴代藩主が、出世稲荷を崇敬したことと風土が密接に関わっている。