出来る事より好きなこと。
一流の仕事をする人に共通する特徴というのは、10年・20年・ずっと毎日1日中みたいな、おそろしく長い時間、1つのことをやり続ける才能だと感ずることが多い。
他人から見ると「わぁ、大変そうだなぁ」と思うようなことを、本人は大変だなんてまったく思っていない。そういうのを半ば冗談で「解脱状態」と僕は呼んでいる。そして「解脱状態」にある人は、成功とか失敗とか、そういう外から見た評価尺度などまったく頭にない場合が多い。
自分が世間的に見て、成功しているように見えるのか失敗しているように見えるのかなんてことにはぜんぜん頓着していない人が、実は大きな仕事をしている。
競争が激化してビジネスのプロスポーツ化が進んでいるとか言われる現実の中で、勝ち残っている人を眺めてみると、その人の心の中には競争という概念などほとんど存在していないことが多い。
たとえば、シリコンバレーで起業して奮闘中の渡辺誠一郎さん(僕が彼について以前に書いた文章に加えて、最近の彼の講演を聴いての感想Blogもご参照)の例を出そう。
もちろん彼は起業した半導体ベンチャーを立ち上げるための厖大な量の仕事を何年もし続けているわけだが、趣味は壊れた機械の修理、運転していて突然動かなくなってしまったクラシックカーを路上で修理するのがストレス解消法、そして時間があれば自分で蕎麦も打つ。奥様曰く「何か動かなくなっちゃった機械があったら主人を呼んであげてくださいね、本当に修理が大好きなの」。
暇さえあれば「モノ」と戯れているわけで、「モノ」に関わっている状態というのは、彼にとって仕事なのか何なのか、もう区別がつかない境地にあるわけだ。
大食い選手権で優勝するには、次の大食い会場へ移動するバスの中で、胃を休めるのではなく持参したお菓子をおいしそうに食べるくらいでなきゃならん、というのと全く同じ。
Linuxのリーナス・トーバルズにとってのプログラミングだってそうだし、多くの一流オープンソース・プログラマーも同じであろう。
仕事でプログラムを書き、家でもプログラムを書く。はたから見て信じられなくても、当人にとってはごく自然な状態なのである。 このことは技術者、研究者に限らない。
成功している連続起業家というのは、いつも新しいアイデアを考えるのが自然体で、自分が作ろうとしている事業における試行錯誤や失敗をネタにああでもないこうでもないと一日中やっていて楽しくて仕方ない人だし、ロイヤーやアカウンタントで一流な人というのは、とにかく細部に徹底的にこだわりを持つ、緻密な仕事を愛する人だ。
CEOというとんでもなくタフな仕事をまっとうできるのは、会社経営そのものが大好きで、会社のすべてのディテールを把握してパワーを行使するという行為を愛している人だけだ。
こういう「解脱状態」の人と、「その仕事がそこそこできるからやっている」普通の人が、同じ土俵で競争したら、普通の人に絶対に勝ち目はない。
僕がシリコンバレーにやって来て学んだエッセンスはこれだった。
「できること」より「好きなこと」を 特に日本の場合、そしていい大学に入った学生ほど、専門として選ぶ領域を「好きだから、やりたいから」ではなくて「そこそこできるから」選んでしまうケースが多い。
そしてそのままあまり深く考えずに職業を選び、何の疑問も抱かずに10年、20年と同じ仕事を続けて、ふとある日、「自分が心からその仕事を好きなのではなかった」ということに気づいて後悔する、でももう遅すぎて動くことができない、というような例を多く見る。
年取ってから、こういう後悔だけは、してほしくないなと思う。
こんなもったいない話はないからだ。
自分の本質とは何なのか、どういう状態にあると自分は幸福と感じることができるのか、他人の成功を見て嫉妬しないですむためにはどういう状況に自分があることが必須なのか。
むろん簡単な問いではないが、問い続けるのをやめちゃダメだ。
「自分の好きなことは何?」「やりたいことは何?」と曖昧に問いかけるだけで、実は深く考えぬまま何かを思い込んで職業を選択しないこと。
自分の能力を勝手に低く規定して、自分の可能性を限定しないこと。
真剣に自分の本質を抉り出すべく意識的な試行錯誤を若いうちから繰り返し、自分にとっての最優先事項の明確なイメージを作ろうといつも考え続け、他人の言うことに左右されず自分の感性を信じて、そのイメージに向かって職業選択の試行錯誤を繰り返していくこと。
できるだけ視野を広く、先入観を取り払いながら。
ぬるい仕事の仕方だとその仕事が本当に自分に合っているかどうかはわからないから、就いた仕事では、2-3年は限界に近いところを目指して挑戦してみること。 20代で意識してやらなければならないのは、こういうことなのである。
20代ならば、まだ遅くない。試行錯誤の時間的余裕があるから。
天職を見つけて「解脱状態」に至ることができる人は稀でも、こういう意識を早い段階で持つか持たないかで、その先の展開はうんと違ってくる。
これからの厳しい競争を勝ち抜くカギは、えっそれって競争だったの? 自然にやっていたから知らなかったよ! と言えることなのだ。そういう対象は簡単には見つからないことを肝に銘じて、できるだけ若いときから、試行錯誤を意識的にすることが本当に大切なのだ。
そんな試行錯誤の1つとして、またぜんぜん違う視野で世界を見る経験として、シリコンバレーという日本とは全く違う環境を一目見て、何かを実感してもらいたかったのです。
こうして文章に書いてしまうと、かえって何だか恥ずかしくなってしまうのはなぜだろう。陳腐な話を偉そうに書いているような嫌な気分になってくるからかな。
でもいいや、ボツにはせずにアップしよう。僕はツアー期間中、こんなことを、20代の皆さんに伝えようとしていたのです。
梅田望夫氏