「聞く」・「認める」で子育て仕事の両立を楽にする

「聞く」・「認める」で子育て仕事の両立を楽にする

忙しいママが子どもにも自分にも優しくなれる簡単コーチング

こんにちは!

子どものこころのコーチング協会 インストラクター 岡本まきです。
 


ええ、ついに夫の口から出たんです。



先に言っておきますと、



感謝の言葉とか、愛の言葉とか、



たましいが抜けでるところを見たとか、



そういうことじゃありません。




何が出たか、そのものズバリ言いますと、



「そういうこと言われると、
おれ、くやしいな」



というセリフです。




それはもうビックリしましてね。



3度見くらいしました。




なぜ、私が「おれ、くやしいな」に



そんなに驚いたのか、今日はそんなお話です。



 
それは、I(アイ)メッセージだからです
 


コーチングの基本に



「アイメッセージでお話ししましょう」



というのがあります。



コーチングでなくても



コミュケーションを円滑にする会話術として、


コミュケーション系の研修や講座で紹介されることが多いので、



聞いたことがある方がたくさんいらっしゃると思います。




念のためおさらいすると



「私(I)は、◯◯だと思います」



と自分を主語にして、気持ちや考えを伝えるということですね。



ここで肝になるのが、


相手をコントロールすることが目的ではないということです。

 

言うことを聞いてほしいという下心があると、たいがい相手にバレますね。



私も嫌という程、下心が相手にバレるのは経験済みです。





でね、この時夫の口から出た言葉が



すごく素直なアイメッセージでした。



それが「おれ、くやしいな」です。











この時は、翌日に家族で出かける予定をしていて、



朝、何時に家を出るか、の相談をしていました。




私が夫に



「早く起きるのしんどいだろうから、
もう少し遅くていいよ。」



って言ったんです。



すると夫から、



「そういうこと言われると、

どうせ、朝早く起きれないだろう
って決めつけられてるみたいで

おれ、くやしいな」



というセリフが出たのです。





私は、朝によわい夫に気を回したつもりでしたが、



夫にしてみたら、



「どうせあなたは起きれない」



と決めつけられたようで



嫌だったんですね。





実際、起きれないことが多いからそう言ってるんですけどね







決めつけてはいけませんが、



一般的な傾向として



男性は、



アイメッセージ、特にネガティブな感情表現は、苦手な方が多い気がします。




夫もそんな男性の一人。




声を荒げるようなことは滅多にありませんが、




不機嫌になると、ため息ついてダンマリ。




話しかけても無視、がいつもの態度です。




自分から、なぜ怒っているか説明してくれることは、基本ありません。




それがですよ。



この時ばかりは、違ってました。



ダンマリで、不機嫌を撒きちらすのではなく、



ちゃんと言葉で伝えてくれたんです。




夫の素直な感情表現に、嬉しくなった私は、



「そうよね〜、くやしいよね〜(*´∀`)♪」と



おかしなテンションで返してしまいました。



夫氏、意味不明なテンションで返されて、変な顔してました  笑笑



ごめん、夫氏。


 
夫にアイメッセージで話してもらうために私がやったこと
 

私ね、何もやってないんです。


正しく言うと、夫に行動を変えてもらおうとか、そのために何かしようとかは、思ってなかったんです。



だから、余計にビックリしたんです。




やったのは、自分自身が、アイメッセージで話すことを意識していたこと。


コーチングで習ったことを練習したかったのです。



特に、ネガティブな感情の時に意識していました。


イラっとした時、


カチンと来た時、



アイメッセージのチャーンス❗️❗️





ああ、私怒ってるなー




私の中の何が反応してるのかなー





時間がなくて焦ってる?
理解してもらえなくて悲しかった?





そんな事を考えながら、



もしアイメッセージで言うとしたら、なんて言うかなー



って、夫と子どもを練習相手にさせてもらってたのです。



ただそれだけ。




それが、夫の口からアイメッセージが出るという、思わぬステキな副産物がありました。




あ、でもこの件の後もね、



やっぱり、夫のダンマリ不機嫌はあります。




いい事があると、次も!と期待してしまうので、ダンマリされると元に戻っちゃったな、って残念だったりします。



が、そんな時は初めの目的を思い出します。



そうそう、自分の練習のためだった。



それに、これから家族以外とのコミュケーションが増えてくるだろう息子に、見てほしいというのもあります。



こんな風に、相手に自分の気持ちを伝える方法があるんだよ、とね。




これからも、自分のためにアイメッセージを意識しようと思う私なのでした。







お読みいただきありがとうございました。


こんにちは!
子どものこころのコーチング協会 インストラクター 岡本まきです。
 
 
 
 
さて、今日は私にとって切ないけれど大切なお話です。
 
 
私が、死産の経験から得た
 
 
究極の無力感
 
究極の安心感
 
 
についてです。
 
 
 
まったく相反するの2つの感覚を
なぜ得ることになったのか、
 
 
そして私がインストラクターとして
お伝えしたい思いにもつながるお話です。
 
 
 
 
祈りの日々
 
 
 

私には地上の息子の他に、

妊娠25週でお空へ還った息子がいます。
 
 
 
それは待望の第2子でした。
 
 
 
妊娠初期から異常があることが分かり、高リスク出産を受け入れている病院を紹介されました。
 
 
 
できる検査はやり尽くしましたが、原因不明。
 
 
 
最後に残された手段、
 
高度な胎児治療(※)を何とか受けられることになりました。
 
(※)赤ちゃんは母親のお腹の中にいるまま、外から器具をさして処置する治療です
 
 
 
 
 
この治療を受ければ、きっと助かる。
 
 
 
 
 
どうか、生きて。
 
 
 
 
 
治療を受ける日を待つ間、1日1日が恐ろしく長く感じる。
 
 
 
 
 
祈ることしかできない日々が続きました。
 
 
 
 
 
 
 
運命の日
 
 
いよいよ治療の日が近づいてきました。
 
 
長く長く感じた日々も終わり、間もなく治療が受けられます。
 
 
 
 
そして、治療の前日。
 
 
 
その日のエコー検査で、
 
 
 
息子の小さな心臓は
 
 
 
・・・
 
 
・・・
 
 
 
動かなくなっていました。
 
 
 
 
 
 
エコー画像が映し出す
 
 
 
羊水にぽっかりと浮いた
 
 
 
小さな小さな
 
 
 
動かない手
 
 
 
 
 
 
狭苦しい診察室で
 
 
 
モニターから目を離さないまま
 
 
 
「血流が無くなってますね」
 
 
 
と言った先生の背中。
 
 
 
 
 
 
忘れられないあの瞬間。
 
 
 
 
 
 
それは、ちょうど25週、175日目でした。
 
 
 
 
 
 
あと、1日
 
 
あと、1日
 
 
生きていてくれたら
 
 
 
助かったかもしれないのに。
 
 
 
こんなに、あなたに会いたいのに。
 
 
 
あなたが助かるなら、何でもしたのに。
 
 
 
あんなに、神様に祈ったのに。
 
 
 
 
 
 
もう、母として、
 
 
命を守るために頑張ることさえできなくなってしまった。
 
 
 
 
自分の力では変えられない現実を前にして感じるのは
 
 
 
 
究極の無力感。
 
 
 
 
 
 
先生がもっとちゃんと治療してくれれば
 
 
違う結果だったんじゃないか。
 
 
 
 
私が、胎児治療を
 
 
もっと早くやってもらうように
 
 
先生にお願いすればよかったのか。
 
 
 
何がいけなかったの?
 
 
なぜ?
 
 
どうして?
 
 
が止まらない。
 
 
 
 
でもね、
 
 
探しても探しても
 
 
答えは見つからないのです。
 
 
 
責めても責めても
 
 
責めるべき相手は
 
 
どこにもいないのです。
 
 
 
そして、
 
 
たとえ原因や犯人が見つかったとしても、
 
 
 
もう、息子は帰ってこないのです。
 
 
 
ただ、息子は175日間生きて、
空へ還ったという生と死の営みがあるだけです。
 
 
 
その大きな営みには、
 
 
 
私個人の願いなど
 
 
 
届きようもありませんでした。
 
 
 
 
 
息子の心臓が止まったのが、治療前日だったことで、
 
 
「治療はしなくていいんだ。
 
 
満足したよ。
 
 
還るねウインク
 
 
 
と息子に言われた気がしました。
 
 
 
 
 
命の不思議
 
 
赤ちゃんが、受精卵から
 
 
人間に成長していくのって本当に不思議。
 
 
妊娠中のママさんが、
 
 
「こんな風に赤ちゃんを成長させよう!」
 
 
と頭で考えてやっているわけではないですよね。
 
 
 
受精卵が分裂して人間になってゆき、
 
 
 
生まれて、いつかまた還ってゆく。
 
 
 
人間の思考など、遥かに超越した命の智慧です。
 
 
 
 
命は、生きたいように生きる。
 
 
 
お腹の中の息子は、ちゃんと自分の寿命を知っていて
 
 
還るべき時に、自分からそっと旅立ったのではないかと思うのです。
 
 
 
自分の子どもであっても、
 
 
命を都合よくコントロールなどできないのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
親にできることといえば
 
 
 
短かろうが長かろうが、
 
 
 
子どもの人生に寄り添い、
 
 
 
子どものあり方をそのまま愛し、
 
 
 
祈ることぐらい。
 
 
 
 
 
努力が実らないことがあるのも、
 
 
 
祈りが届かないことがあるのも、
 
 
 
覚悟の上で。
 
 
 
 
そして得た究極の安心感
 
 
息子がお空へ還って間もなく、
 
 
まだ呆然としていた頃。
 
 
 
突然、あぁ、いる!
 
 
という感覚が降ってきた瞬間がありました。
 
 
息子の霊というわけではありません。
 
 
魂ですらない。
 
 
 
 
光や風、
 
 
目に見えないエネルギーになって、
 
 
この世界全体に溶けているイメージです。
 
 
 
この瞬間、
 
 
 
身体があっても
 
 
なくても、
 
 
私たちはこの世界に存在するものとして
 
 
繋がっているんだと、感じたのです。
 
 
 
 
 
私たちの体を作っている物質は、
 
 
 
生まれる前からこの世界に存在していたもです。
 
 
 
生きている間も、絶え間なく物質は入れかわり続けています。
 
 
 
 
 
 
命が終れば、分解して海や空をめぐり、
 
 
 
世界中に広がり、
 
 
 
また何かの一部、
 
 
 
誰かの体を作る物質になります。
 
 
 
 
亡くなっても消滅するのではなく
 
 
 
見え方が変わるだけです。
 
 
 
 
 
その大きな循環の、
 
 
深い深いところにすべての存在の源がある。
 
 
 
 
 
人によっては
 
 
それを神と呼んだり、
 
 
大いなる存在と呼んだりするのだと思います。
 
 
私は特定の宗教もスピリチュアルな能力もまったくないので、呼び方にこだわりはありません。
 
 
 
 
多分、私自身、
 
 
 
幼い頃には
 
 
 
自分は循環の一部であり、
 
 
 
大きな源と繋がっていることをわかっていたはずなのです。
 
 
 
 
大人になって
 
 
 
なぜ忘れてしまっていたのか
 
 
 
不思議なくらいに、
 
 
 
シンプルな真実。
 
 
 
 
 
絶え間なく変わり続ける世界に
 
 
 
 
生きているという奇跡。
 
 
 
 
 
175日生きた息子に、
 
 
 
 
それを思い出させてもらいました。
 
 
 
 
 
 
 
個人の視点で見れば
 
 
 
私たちという存在は
 
 
 
一人一人すごく違っていて、
 
 
 
とても無力で、
 
 
 
とても孤独。
 
 
 
 
 
 
 
 
けれど、視点を変えて
 
 
 
 
大きな源の側から私たちを見れば、
 
 
 
 
みんな同じで、
 
 
 
偉大で、
 
 
 
繋がっている。
 
 
 
 
 
違っていながら、同じ。
 
 
 
無力でありながら、偉大。
 
 
 
孤独でありながら、繋がっている。
 
 
 
 
 
 
それに気づいた時
 
 
 
 
私の中で、究極の安心感が生まれました
 
 
 
 
 
だから
 
 
 
愛する人たちと
 
 
 
同じ時間を生きる奇跡をかみしめる。
 
 
 
 
 
朝焼け空、夕焼け空。
 
 
 
世界が見せてくれる
 
 
 
一瞬の美しさに心満たされる。
 
 
 
 
 
 
同じ時間を生きているもの同士はもちろん
 
 
 
遠い時空の存在ですら
 
 
 
繋がっているんだから、
 
 
 
心配しなくても大丈夫。
 
 
 
 
 
 
そんな壮大なことを言いつつ、
 
 
 
現実は、時間に追われてドタバタな毎日です。
 
 
 
 
時に、
 
 
 
現実に心がささくれ立ったら
 
 
 
空を見上げます。
 
うん、大丈夫
安心していいよ
 
 
 
そんなメッセージが届きます。
 
 
 
 
お読みいただきありがとうございました。
こんにちは!
子どものこころのコーチング協会 インストラクター 岡本まきです。
 
 
 
先日、息子のお友だちが遊びに来てくれた時のこと。
遊び方にそれぞれのタイプがあらわれていて、おもしろいな〜と思ったお話です。


 
 我が家のリビングにて、息子とお友だちは、アイスクリームショップのおもちゃで遊ぶことにしました。
 
 31種類フレーバーがあるあのお店で、リカちゃんがバイトしています。
 (本当に31種類なのかは知りません)

いらっしゃいませ♪

これ。
 
話がそれますが、うちはおもちゃに関しては男の子用か女の子用かは気にせず、
息子の選択を尊重しています。
 
ジェンダーフリーの時代なので♡
 
 
 
 
さて話は戻ります。
 
ご機嫌よく遊んでいた二人でしたが、息子がプンスカ怒りはじめました。
 
何で怒ってるのかなぁと、しばらくながめることにした私。
 
 
 
「ちがうちがう! ならべ方がちがうの!」

どうやら、アイスクリームショップのレイアウトの仕方で息子は怒っているようです。
 
 
「ちが〜う!箱のとおりに並べて!」
 
息子は、パッケージの写真のとおりに小物をレイアウトしたいわけです。


一方のお友だちは、息子がなぜ怒っているかわからない様子で、自由にアイスクリームを並べていきます。


お友だちに分かってもらえず、ヒートアップした息子は、じだんだを踏んで、ついにはちーがーうー!!と絶叫していました。
 
 
 
ここまでながめていた私は、ふむふむ、そういうことねとほくそ笑んでしまいました。

このやり取りに、息子のカラーがあらわれています。
 
仲裁することも忘れて、おもしろいなぁと思いながらながめてしまう私なのでした。
 
 

 

 

 

 

4つのカラーって何?これを知ってるとコミュニーケーションが楽しくなる!

 

 

 
子どものこころのコーチング協会の、中級講座では4つのカラー(性格)がテーマです。
 
  • 「赤」はパーフェクト 学級委員タイプ
  • 「黄」はチアフル ムードメーカー
  • 「青」はスペシャリスト 学者タイプ
  • 「ピンク」はいつもニコニコ サポーター


 
 
 
息子にとっては、見本通りにならべるのが、アイスクリームショップの正しい遊び方なのです。

そして、その正しさやこだわりを乱されたくないのは「青」スペシャリストタイプ。

 
一方でお友だちは、多分「黄」チアフル ムードメーカーかな。

見本?何だそれ?自分の好きに並べればいいよーと自由な発想でレイアウトしていきます。


 


この4つのカラー(性格)という考え方、知ってると子どもの言動におもしろい!と思うことが増えるんですよね。
 
 
 「何でお友だちに合わせられないの?」とか
「何でいうこと聞けないの?」という視点から、

「そこにこだわりポイントがあるのね!」とか
「その発想、私にはなかった!おもしろい!」という、違いを楽しむ視点に変わるんです。




この後ね、私が


「息子くんは、
箱の写真通りに並べたいみたいよ」

「お友だちくんは、
自由に並べたいみたいよ」
 

と、それぞれの思いを通訳してみました。

すると、お友だちは「そうなの?わかったー」とすんなり納得して、息子が見本どおりに並べるのに付き合ってくれましたよ。


黄さんは、楽しいこと、自由であることが大切!
こだわりがないというわけではなく、大事に思うポイントが違うのですね。



ちなみに、私自身は青の要素もけっこうあるので、息子の気持ちもわかるなぁ〜と共感しながらみていました。



知れば知るほどおもしろい!
4つのカラー(中級講座)について気になった方、全国でインストラクターが講座を開催していますよ。



お読みいただきありがとうございました。
 
 
こんにちは!
子どものこころのコーチング協会
インストラクター 岡本まきです。

さてさて突然ですが、子どものこころコーチング初級講座では「聞く」という事を中心に学びます。

私が協会で学んで、びっくりしたこと
それは、

情報を正確に聞く必要がない時もあるよ

ということです。


誤解の無いように言うと、相手の話をなおざりにするということではありません。

相手の口から出る言葉(情報)だけにとらわれないで、言葉の奥にある意図や、気持ち、本来伝えたいメッセージを感じ取ってみよう、ということです。



今日はそんな、言葉の情報だけにとらわれない「聞く」を実践してみて、目からウロコだったお話です。




正直、初めこれを学んだ時は

相手の話は正確に聞き取らないと失礼じゃない??

と、思っておりました。


実際、私の職場では正確さが必要とされることが多いです。


ちゃんと聞かなくちゃ!身に染み付いていて、何気ない会話まで必死に聞く癖がついています。


でも、実はいつもそうしなければならないとは限らないんですよね。


**********

例えば、私の職場の先輩とのことです。


先輩Tさんは、お仕事熱心なのですが、その分不満も多い方です。

「ちょっと聞いて!
新人がね、今日も〇〇でミス、
△△でミス、かくかくしかじか…」

と、よく新人さんがやらかしたミスを延々と述べられます。


以前の私は、
「なるほど、ではこんな対策はどうでしょうか。」と、先輩のお話一つ一つに対してコメントをしていました。

「その対策はもう試してみた。でも全然よくならないのよ!」と先輩。

このやりとりが、それはもう疲れるんです。

なにしろ、どんなミスがあったか、どれだけ迷惑をこうむったかの話なので、ネガティブオーラが全開です。



先輩Tさんの話が始まる度に、私のエネルギーは吸い取られておりました。




はぁぁぁぁ⤵︎
疲れた・・・





こころのコーチング講座で学び始めていた私。 

そうえば、正確に情報を聞く必要はないこともある、って話を聞いたな。


えーい
正確に聞くのはやめた!
いちいちコメントするもはやめた!


となかば投げやり的に、
相づちだけで返すことにしてみたんですね。


もちろん、話を聞いている態勢はとります。

相づちは「そうですか、なるほど、大変ですよね」の繰り返し。


で、結果どうなったか。

先輩Tさんは、ひと通り話終わると仕事に戻りました。

起こっている出来事は以前と何も変わりありません。


しかし、聞いている私はうそのように楽!


先輩Tさんは、初めからコメントやアドバイスなど求めてなかった。

相づちだけで充分だったんです。




私が今までやっていた、
正確に聞き取り、かつアドバイスするというのは、


①データ入力しながら
(=情報を聞く)

②ネットで検索して
(=過去の自分の経験や、世間の事例からどんなアドバイスがいいか考える)

③アウトプットする
(=言葉を選んでアドバイスする)

と、たくさんの作業を同時並行でやってるようなものです。

それは疲れるに決まってます。


そしてこういった愚痴を言ってる人はアドバイスなど求めていないんですよね。(自分もそうです)

無駄な作業をやめれば、心と脳に余裕ができます。


その分、「先輩Tさんが 本当に 言いたいことは何?」が自然に見えてましたよ。


 
たくさんのミスを並べたててるけど、
先輩Tさんが 言いたのは、こういうことに集約されます。


「新人の育成が 上手くいかなくて 困ってる」

「新人が育たないのは、私のせいじゃない(新人さんの素質の問題)ということをわかってほしい」


これに気づいたら、とても困っている、先輩Tさんの気持ちに寄り添いながら 相づちができました。


情報を正確に聞くことを手放すと、その向こうにある気持ちが見えてくるのです。

そんなことを感じた場面でした。






そして、言葉だけにとらわれない「聞く」にはもう一つ効果がありました。

それは相手と自分の間に境界線を引く、ということ。



表面上の情報にとらわれて聞いていた時は、


私も新人さんと同じミスをしてしまったら陰口たたかれるんじゃないか。

こんなにディスられて、新人さん可哀想に。
 

と新人さんを自分に置き換えて、不安になったりいたたまれなくなったり。

言葉を聞いているはずなのに、不思議と言葉以上に勘ぐってしまう。

これも人の話を聞いて、疲れる原因の一つです。





でも相手の気持ちにフォーカスして聞いていると、


新人さんのミスに過剰反応しているのは、先輩の課題。
自分が不安になる必要はないんだな。


と、すっと線を引けます。


以前はネガティブオーラを一身に受けて、
疲れ果てていましたが、

今はネガティブオーラを自分の中に取り入れず、
ホーイと相手に返せてます。



「聞く」って面白い!
と思った出来事でした。

今日はここまでです。
お読みいただきありがとうございました。



 

こんにちは!

子どものこころのコーチング インストラクター 岡本まきです。

 

 

仲間に入れてもらえない我が子を見ると

心がザワザワ、ハラハラしまう・・・

 

それは私です。

 

 

私の場合、自分自身が転校した時の記憶が

よみがえってくるんです。

 

 

今日はそんなお話です。

 

 

 

 

仲間に入れてもらえない息子

 

 

ご近所には、息子と同年代の子どもたちがいて、家のまわりで時々遊んでいます。

 


先日、5歳の息子に

「一緒に遊んできていいよ〜」

と声をかけました。

 


すると「行ってくる!」と

玄関からかけ出す息子。

 


「おぉ、これで家事に集中できる」

と喜びながらも、

なんか気なってしょうがない。

 

 

 

ちゃんと仲間にいれてもらえたかな・・?

 

 

 

窓ごしに、何度も様子を確認してしまう私なのでした。

 

 


 

 

ところがね、なかなか息子は

仲間に入れないのです。


 

子どもたちの周りで、

ウロチョロするのがやっとのようでした。

 


「ちょっとだけ

お母さんも一緒にいこうか?」

と息子に声をかけると、

 


「お母さんは来なくていいの!」とのこと。

 

 

 

結局、息子は仲間に入ることができず、

お家で一人で遊ぶことにしたようでした。

 

 

 

 

仲間に入りたかったのは、あの頃の私

 

 

私は、

 


自分から「一緒にあそぼ!」と言えない息子

 

仲間に入れず、もどってくる息子

 

 

にすごく心がザワザワしていました。

 


 

保育園でのお友だち関係の変化も

影響してます。


今まで仲の良かったお友だちと

少しずつ距離ができて、


最近では、仲間の輪に入れていない息子の

様子をチラホラみかける。

 

 


私は、

ご近所の子どもたちが

遊んでいるのを見て


 

「息子も仲間に入ってほしい」

「自分から積極的に仲間に入れてもらうべきだ」

 


って思ったのです。


 

家事に集中したいっていう思いもあったけど

本当はそっちの方が強かった。

 


だから、仲間に入れずに戻ってきた息子に

すご〜く、ザワザワしたのです。

 

 

 


 

 

 

 私の親はいわゆる転勤族。

数年おきに、引っ越ししていました。

 

 

引っ越しってメリットもあるんだけど、

やっぱり正直、不安や緊張も多いものでした。

 


転校したて頃の緊張感ったら、半端ない。

 


それに加えて、地域のお付き合いというハードルも加わります。

 

 

学校では、教室の自分のイスに座ってただひたすら本を読んでいるふりをする。 


しかも本は、母をたずねて三千里 笑

 

 

地域の子ども会などでは、自分の机とイスという物理的な居場所すらありません。


 

楽しそうにしている子どもたちを横目に目立たないところで固まっているしかない私でした。

 

 

 

「誰か話しかけてくれないかな」

 

「自分から話しかけないといけない?

なんて言えばいいの?」


 

その時の、私の頭の中は寂しさと不安と焦りでいっぱいでした。


初めてあった人にどんな風に話しかければいいかなんて、誰も教えてくれないもんね。

 

しかも、すでに仲良しの輪ができあがっている場で。

 

 


一人ぼっちに耐えられず

今すぐ逃げ出したい気持ちと、



何とかしてお友だちを作らなくちゃと焦る気持ちで、頭の中はカオス状態。

 

結果、動けなくなって固まっていました。

 


 

「仲間に入れてもらわなくちゃ!」と

焦っているのは、あの頃の私。

 

一人ぼっちが辛くて、泣いているのはあの頃の私でした。

 

 


お家で遊んでいる息子を見ながら、

あの頃の私の声を聞いていました。

 

 

不安だったね、

辛かったね、

よく頑張ったね。

 


そしてぎゅーっと自分を抱きしめます。

 


大丈夫、あなたが頑張っていたことは

私が一番知っている

 





転校の不安や辛さなんて、大したことないって封印してたんだな。

 

 

そう思った時にね、

息子のお友だちづきあいは息子の課題、

私の課題とは違う

 

とふわっと思えました。

 


それに気づいたら、ちょっと楽になりましたよ。

 

 

 

心のザワザワがなくなったわけじゃないし、

これから何度も向き合うことになるんだろうなとは思うけど。


その度に、あの頃の私を抱きしめよう


そして、目の前の息子を見なくちゃね。


うん、

大好きなオモチャで遊んでいる息子はとっても楽しそう。



今日はここまでです。

お読みいただきありがとうございました。