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NAC起業スクール開校:「起業」という生き方を選ぶ人たちの話

NACクリエイティブ起業スクール開校。起業選んだ人たちのスタートアップな話。

昨日、ある人と会ってて色々話ししてて、凄い仮面だった事実を知ってしまい、非常に悲しいというかなんというか、モヤモヤしている感じです。

でもまぁ、なんとなく感じるものはあったからそれが「やっぱりそうなのか」っていうあってほしくない納得に繋がってます。

僕も自分の弱音とかなかなか吐かないし、まぁそんなもん吐いてちゃいけないけど、嘘つくのはよくないですよね。嘘つくくらいなら弱音吐いた方がいいと思う。ぜーんぶ嘘になっちゃうもん。本気で言ってる言葉も嘘になっちゃう。

ぜーんぶ嘘。

嘘つくのと見栄はるのは違う。

多少の見栄はいい、でも嘘はあかん。

悲しいなぁ。でも意外と多いんですよねぇ。見せかけだけよくやってる人。

どうせ消えちゃうのであーだこーだ言わないんですけど、その人を信じてついていってる人たちもいるわけですしね。

やめるのはその人の責任なんだから別にいいんやけど、やめるに至った決断を後押しした人が嘘ついてたらねぇ。

いっぱいいたなぁ・・・そういえば。どこいったんやろう・・・。

もっとがんばろう。ギャフンと言わせよう。

それにしても来年から始めると言ってたやつ楽しみやなぁ。戦略面でサポートしていくので楽しみがひとつ増えました。
昨日10月18日は創業記念日でした。なんやかんやで5年目です。のらりくらりで5年目。考えてるけど考えてない感じで5年目。

「社長になる!」が最初の動機だったので起業への思い込みは色々ありました。思い込みが激しすぎてたくさんの人にも迷惑をかけました。現時点では個人だとか法人だとかあんまり気にしておらず、僕自身名刺交換とかその他、自分を紹介する時には会社名はほぼ言ってません。名前のみ。

そこにポリシーがあるわけじゃないのでこの話はコレ以上膨らまないけど、最近色々考えてます。

5年目を迎えるわけですが、今年はひとつの区切りとして、色々整理していこうと思ってます。

僕が自分で仕事をやっている意味というのは起業時に比べて随分変わりました。なんで起業したかったか、当時言葉になっていなかったものが時を経て言語化できるようになってきました。それに気づいたら、別に法人にしている必要は現時点ではないし、僕が社長である必要もない。

僕は、『世界中の子どもたちが夢を語りまくっている社会を創る』ことが夢で、全てのコンテンツ、サービスはそこに繋がるもので、繋がるイメージができないものはやったことありません。

偉そうに色々言ってますが、基本的には考えてることを文字にしているだけなので、自分の内面との対話がダダ漏れしてるような状態がこのブログです。僕にとってはブログは思考の垂れ流し場。

会社辞めたら周りの見る目変わるだろうかとか、社長って肩書き外したら周りの接し方変わるだろうかとか、どうでもいい事で悩んだりもします。ほんとどうでもいいんでもういいんですけど。

いやーひとりでやってるとは言え、しんどいですよ。色々と。ひとりでできるわけないものばかりなので、関わる人も増えてきてるし、僕だけで決めて好きにやっていいわけじゃないし。お金のことも、人間のことも、やりたいことと現実のギャップのことも、思い描いている未来へのスピードのことも、全部一変に考えたら押しつぶされそうになります。

とは言え、

何をどう進もうが、どこで何が起ころうが、それらを引き起こしたのは全て僕の何らかの行動です。今この状況は未来の糧になりますし。なると思わないとやってられないし。

僕がやりたい事、叶えたい夢は、別に僕が社長である必要がないって気づいた時から「さて、どうしたもんかなぁ」とずーーーっと考えてますけど、いまだ答えでず。

でも自分で決定権持って色々やりたいってのもあるし、これまでやってきたから中々その仕組み手放しづらいしなぁ。とかね。

5年目ですよ。会社辞めてからは7年もたってますよ。

色んな人と出会って、色んな事を知って、世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあって、ひとつでも多く知って、知り合って、死にたいと思ってる僕としては、個人のプライドは割とどうでもよくて、それよりももうちょっと世の中に残したいし絡みたいし。

そう、世の中に絡みたい。今も僕は自分の見える範囲でしかコトを起こせてない。それが一番嫌だ。

個人のプライド抑えこむことくらいはもうできるから、色々決断せんとなぁと思ってる5年目です。

ほんとたくさんの人にお世話になりました。これまでありがとうございました。
迷惑もたくさんかけました、いまだにかけてる人もいますし。ごめんなさい、お手数かけます。これからもよろしくお願いします。

そろそろ完成しそうなのが幾つかあるんですが、それらが動き出したら世に絡めるのかなぁ。

『絡みたい、目立ちたい、叩かれたくない、褒められたい。』

そんな5年目の目標でいってみたいと思います。

なんだそりゃw

3日もすれば忘れてそうな標語ができたところで、この1年も頑張ります。
ほぼ日の今日のダーリンに書いてあったこと。明日には消えちゃうので早く読んだ方がいいと思いますけど。


この辺に対する考えは色々僕も持っていて、僕が自分の過去を振り返った時、実際どうだかはわかりませんが、【計算が得意】だと思ってたり、【スポーツが得意】だと思い込んでるのには理由があって、それに気づいた時に、「ほめる事」の大事さを学びました。

僕が計算が得意だと思い込むようになったのは、小5の時に始めた公文式がきっかけ。小5で入ったんですが、小1の計算から始めるんですよね。1+1=?っていう所から。簡単だから、たった1時間かそこらで何百枚もやるわけです。

小1なんで文字も大きく書いてて確か1ページ4問くらいしか載ってなくて。オモテウラで8問、100枚やったって800問くらい。

4+5=とか、そんな簡単なものばかりだったんです。なので何百枚もできるんですが、それを先生は褒めてくれたんですよね。

当時の僕は、小5で思春期入りそうな頃でしたから、「いやいや、当たり前でしょ」みたいなことを思ったのを何故か今でも覚えてるんですが、今でも覚えてるっていうのがやっぱりなぁとも思ったり。

褒められたから記憶に残ってるんですよねきっと。なんとなく嬉しい感情が残ってます。


バスケもそうでした。

小6で肩を壊し、中学生になったら何しようか考えていて、最初は卓球部に仮入部したりしてたんですが、ひたすら走らされたので辞めてバスケ部に入りました。

最初にシュートを打たせてもらった時、先輩に「シュートフォームきれいやな」って褒められたんです。その時に、「もしかして才能あるんかな?」と思ったのは今でも覚えてます。

野球ができなくなって、微妙に先が見えなかった時だったので、とても嬉しかった。多分あの言葉のおかげで僕が大学までやってたんだと思います。うまいか下手かはわからないけど、あの言葉のおかげで「自分はこんなもんじゃない」っていう想いを持てた。

大学なんてとてもじゃないけど行けなかったんですが、高校で県選抜入ってスポーツ推薦で大学いけたのはこの時褒められたからだと思います。


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じゃあいっぱい褒めればいいのかっていうとそうでもないのが難しい所。これらに共通するのは、「意外性のある褒め」って所。

まさかそんな所で褒められるとは思わなかった!っていう所で褒められると意外とその後に影響が出るんじゃないかなぁと思ってます。
更にいうと、やってる本人がまだその場に慣れてなくて、不安と緊張を伴っている時。

慣れてしまえば、「いやいや、当たり前やん」で終わっちゃうんです。慢心感がすでにある状態。公文式でもうちょっと後なら、それなってたはずです。僕はまだその場に慣れてなかったから当たり前と思いながらも嬉しかった。通うのが楽しくなりましたもん。

というような事を思ってるので、今日のダーリンでも同じような感じだなぁと思ったのでした。

あの人がほめてくれてた!って事で人生が変わってしまようだったって書いてますもんね。

ほめる事、とてもとても大事です。



●褒める時のポイント
・不安や緊張を伴っている状態の時に褒める
・当たり前の事でも褒めてあげる。上の環境下であれば効果あり
・当たり前だからこそ言われない事が多い、意外性に繋がる