実際に何が起こったか簡単に言うと、

 

SNSなどを持っている先生方は

自分の教室用と一般用を使い分けていると思いますが、

 

M先生はベテラン先生の教室の学習者に手を出してしまったのです。

 

 

Facebookグループが解散となって

私は解放される!

 

と思ったのも束の間

 

「新しいグループを作りました!」

 

って

 

全然、めげてないびっくり

 

M先生、強いです。

 

 

そして、もともとグループにいた学習者も

新しいグループに移りました。

 

 

 

 

あの日から少し時間が経ちましたが

最近、ふと思ったんです。

 

 

 

 

新しいグループでは

学習者がとても積極的になってる。

 

って。

 

 

ベテラン先生がいない方が

みんな楽しそうによく書き込んでるんです。

 

そして、M先生もいい意味で先生っぽくないところが長所のように思えてきました。

 

学習者相手に投稿すると

日本語教師はそれなりの書き方になってしまいますが、

 

M先生の投稿は日本人そのままです。

 

 

前の投稿に「無資格」と書いてしまいましたが、

そもそも、今のところまだ日本語教師に資格はありませんよねアセアセ

 

大学で日本語教育専攻修了、養成講座修了、検定試験合格は日本語学校に就職するための条件と言うだけで、

手を挙げた方が誰でも日本語教師と名乗ることができます。

 

公認日本語教師という国家資格ができても、

日本語学校に就職しなければ、手を挙げた方が日本語教師と名乗ることがてきるのに変わりはありません。

 

 

公認心理士(国家資格)、臨床心理士(民間資格)、心理士カウンセラーとかも、就職先が違ってきますが、心理士として働くことができます。

 

 

介護の世界にだって、介護福祉士の国家資格からケアマネさん、ヘルパーさんまでいろいろな方がいますし、国家資格があるからいい介護士さんとは言えないと思います。

 

 

私は日本語教師は教師免許を持っていても、持っていなくてもできる学習塾の先生と同じ立場だと勝手に思っています。

 

免許があっても教え方が下手な先生もいれば、免許がなくても教え方にセンスのある先生もいます。

 

 

こういうやり方もあるんだなってM先生に気づかされました。

 

 

一方、最近読んだ大学の日本語の先生の言葉です。

「”プロフェッショナルの仕事”

新しい教育企画の説明を聞いて、速やかにその趣旨を理解して、自分なりの授業のイメージを思い浮かべる事ができ、自身の授業実践をますます向上させることができるのが高度専門職の教師である。単にオーソドックスな方法でそれらしい授業を実施することができるだけで、代替的なアプローチを提案されたときにそれを理解することができず、新たな教育実践の創造に参画することもできない教師は専門職とも言い難いでしょう。」

 

要するに、柔軟に対応できるということがプロということでしょうか?

これはどんな仕事にも共通して言えることだと思います。

 

 

そして、自分がどんな日本語教師であるのかでも変わってくると思います。

 

 

 

何にしても

学び続けるための好奇心を持ち続けることが大切だし、

 

楽しく学び続けて、自分に必要なものをどんどん取り入れることができたら幸せだなって思います。

 

〈完〉

 

 

あれ?

昨日までは愚痴のはずだったのですがタラー