徳島の外国人事情を知るために、
これまでいろいろ調べてみました。
在日外国人のための〇〇
みたいなのは県とか市で
たくさん用意されています。
ボランティアの方がたが
あれしてあげなきゃ
これもしてあげなきゃ
っていう気持ちもよく伝わってきます。
それとは裏腹に、
外国人同士のネットワークが充実していることも事実です。
さらに、学習者から話を聞いても、
日本人の友達もいるし、
同じ国、違う国の友達だっています。
私たちが
あれもしてあげなくちゃ
これもしてあげなきゃ
困ってるんじゃないか
って思ってるほど
外国の方は困ってないんだなって
最近思うようになりました。
もちろん、必要な支援はあります。
外国の方が全く困ってないっていうことではありません。
子供たちの英語の先生は
日本人は察することが大事だけど、
海外だと自分から主張しないと誰も助けてくれないから、
留学先では自分の意見を主張することを覚えて帰ってきた
っておっしゃってました。
私が海外に行った時も同じです。
自分から助けてって言わないと
誰も助けてくれません。
そんな国で生活してきた方々が
日本で手取り足取りの
支援してもらうことなんて
期待していないと思います。
最近、学習者の一人に
夏休みは何したの?
って聞くと
川遊びを一人で楽しんできた。
って言ってました。
一人で泳ぎに行ったそうです。
日本人からすると
釣りならまだしも、
川や海に一人で泳ぎに行くなんて
考えられないかもしれません。
でも、
彼女たちからすると普通なんだなって
ちょっとカルチャーショックを受けました。
そんなこんなで、
数ヶ月間彼らのレッスンをしてみて、
学習者は自分でなんでもできる
大人なんだから
私が教えてあげなくても
日本語の勉強はできるはず。
ということは、
何のために私を雇ってまで
日本語を勉強しようと思ったのか。
なぜ、日本語教師が必要とされているのか。
って考えてみると…
一人の学習者が
トライアルレッスンの時に
「JLPTを受けたいんだけど、勉強の仕方が分からない。テキスト買ったけど、一人でできない。」
って言ってたのを思い出しました。
私に出来ること、
私がしなければいけないことは
一から十まで教えることじゃない。
学習者の知りたいことを理解して
フォローすることなんじゃないかな。
って思うようになりました。
そしたら、
楽しい授業とか、ウケる授業とか、
学習者が分かってくれるかなとか
からは解放されて。
肩の力が抜けた時、
落ち着いた対応ができるようになったような気がします