信頼・・・
信じて頼ること。
大事ですよね。
私、これが本当に大事だと思って
生きてきました。
こんにちは
オーラマスター
ソウルコミュニケーター真樹です
人間関係においても
ビジネスにおいても
何が大切か?と問われれば
「信頼」だと答える人は多いでしょう。
その昔、お名前は控えますが
かなりスゴイ方のビジネスセミナーに
参加した事がありますが
その方も開口一番
ビジネスで一番大切なことは
信頼だとおっしゃっておりました。
ん?
そういえば、その時
ビジネスで一番大切なことは
なんだと思いますか?と問われ
「信頼です」と答えたのは
私だけだったな・・・(笑)
みんな何だか難しいことを
話してたのよね。テクニック的な…。
信頼って、世の中的には
そんなに大切な事じゃないのかな?爆(≧▽≦)
ま、私の人生の中では
信頼関係ってとても重要なポジションにある
いや、最も重要なポジションにある
ということで、話を先に進めて行きましょう
私は、どんな時でも
「信頼」を与えられる人でありたいと
無意識にも生きてきました
ゆえに、その信頼が裏切られたようなことが
私自身に起こった時に
それはそれは悲しくなるわけです
そしてその悲しみは怒りとなる。
自分にとって近い存在
心を許していた存在であればあるほど
怒りへ変わるのも早く
また、長引いたものです
それが嫌で、いつからか
そういう関係にならないようにと
どこかで近づきすぎないように
薄っぺらい付き合いをしてきたのかも
しれません。
信じていた人が急に態度を変えた時
私は、ビックリすると同時に
何があったんだろう?とか
私何かしたかな?とか
サラッと考えてみたりします
その次に
あれ?この人こういう人だったっけ?と
今まで信じていたものが崩れていくのを
目の当たりにしながら
その人を信頼していた自分に
全く見る目がなかったんだと感じて
悲しくなるのです
そしてこの手のことは
割り切っているように見られることが
多い私ですが
実は、無意識下で
囚われてしまうことが多かったりします
それに気が付いても
またか!
その時間とエネルギーが
もったいないだろ!と
自分に突っ込みつつも
なぜか、囚われ続けている自分に
気が付いたんですね
そして最後は子どもたち。
ある日、ある事で子どもたちに
大激怒することになった私。
その理由は
子どもたちのしたことが
私や主人をはじめとした
子どもたちを愛し
信頼してくれている人たちの
想いを裏切ることだと感じたからです。
久しぶりにブチ切れた私。
感情の赴くままに吐き捨てます(;^ω^)
もちろん、自分が何を言っているのか
しっかり自分でも聞いています。
ひでぇな~と思いつつも
止まりません。
ひとしきり怒った後
私は一人になって
一部始終を振り返りました
意識的な脳内リプレイです。
そして
子どもたちが私の内面の鏡だとしたら
これって、私が誰かの信頼を
裏切っているってことじゃないの?
いや、裏切られて悲しいという想いと
裏切ってしまっていることへの悲しさの
両方が存在してないか?
ということに気づきます。
そこからはほぼ同時に
パズルのピースがはまっていくように
応えが浮かんできます
それってさ・・・
私が私自身を
信頼しきれずにいる
ってことじゃない?
自分を信じ切れない悲しさ(罪悪感)
この自分とは、自分の内にある
源(ソース)のこと。
その源を信じられず
それを信じられないからこその
自分自身への裏切り行為の数々…
その両方が
私の中で起こってただけか!![]()
このことに気付いてから
やっとサレンダーするということ
すべてを委ねるということが
理解できはじめ
それを実行出来るように
なっていくのでした
誰かに裏切られたり
信頼を失うような出来事に
度々出会い、心乱されてきた方は
こんな視点から
起こったことと自分自身を見てみると
新たな気付きへと
導かれるかもしれませんね
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