
聖書を語る日がくるとは…(笑)
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月に一度
聖書のお勉強をしている私
別に クリスチャンでもないし
信仰に興味があるわけでもない
ましてや なーんにも知らないで
ニュージーランドでホームステイを
していたときのホストファミリーに
連れられて通っていた教会は
まるで
ライブハウスなオープニングに
真剣にノートをとる老若男女に
トランス状態で バタバタ倒れて
痙攣まで起こしちゃう信者さんを
目の当たりにして
おったまげた経験まである(笑)
いや みんな真剣なのよ。
優しくて 愛の溢れた方たちばかりだった
それが目の前で倒れていくんだから
そりゃ ビックリ‼だったのよ
で、日曜礼拝のあとは
必ず 併設のcafeでお茶しながら
ホストファミリーとジーザスについて
語り合うのよ
そして最後の礼拝の日
ところで 真樹は ジーザスについて
どのくらいわかった?
って聞かれたから
正直に 全然わからん(´▽`;)ゞって
答えたのよ
そしたら とっても簡単に
ひじょーに わかりやすく説明して
くれたのよ(*^^*)
ブッダの教えも素晴らしいわ。
でも ブッダは死んでしまった。
でもね、ジーザスは生きているの!
生きて 天に召され 今もなお
私たちのことを 見守り
導き続けてくれているのよ!
だから 私は 悩んだり、困ったときは
必ずジーザスに祈りを捧げるの
すると ジーザスは 必ず私に
必要な答えを授けてくれるのよ!
間違いないの!
これは 死んでしまったブッダには
できないことよ
真樹は ブッダとジーザス
どっちがいいと思う?
って、本気で聞かれた!!(゜ロ゜ノ)ノ
そういう意味ではジーザスだが
そもそも そういう問題か?(笑)
そんなキリスト教との出会いから
早 16年?? ひょえーーー
娘の導きで
キリスト教系の幼稚園に入園し
キリスト教をなんとなく身近に感じ
どういうわけか
息子在園時に 始まった 聖書を学ぶ時間
気がつけば 今年で3年目
私の日々の気付きが深まるほど
聖書の本質、真理に触れたとき
感動を覚える
と 同時に
2000年もの間
人間は 全く この真理に気付くことさえ
なかったのか!と
驚きを隠せない
今の私たちも
2000年前の人たちも
根本的なことが なんらかわっていない
イエスが説いていることも
その弟子たちが説いていることも
どれだけ 違った解釈で
世界を駆け巡ってしまったことか…
もったいない‼
とはいえ
言葉で伝えよう
文字で遺そうとすることの限界が
聖書であるような気もする
その時代背景やら 人間関係やら
いろーんな背景がわかって初めて
その真理が浮き彫りになる
そんなことを改めて感じた今日だった
この機会を与えていただけることも
豊かな人生と言えるだろうな
ただ…
もしかしたら
神 という存在を
文字にしてしまったことは
キリスト教の最大の失敗かもしれないな…
なんてことをふと思った1日でも
あったなぁ…
今日の聖書の箇所は
まさに!と言った内容でしたので
改めて ご紹介いたしますね☆
お読みくださり
ありがとうございました♪
読んだよ~ヽ(´▽`)/のぽちっ!
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