お久しぶりなのです。
春にやった『破片』で出てきたように朽ち果てブログになりそうでしたし、しても良いかな?と思っていたりもしたのですが。こんな私のブログのタイトルまで覚えて下さっている方や楽しみにしてますよ、なんてお声を掛けて頂いて。
久しぶりに更新してます。
因みにブログの名前?ってゆーのかしら、は【ネテモサメテモ】です。寝ても覚めても芝居漬けな雰囲気を醸しておりますが、実際のところは【ネテモサメテモゴロゴロシタイ、スシクイタイ、ビールニマミレタイ】くらいのことしか考えておらず。それっぽくつけたことをここで謝罪します(何でイキナリ)。
とまぁ、さておき。
物騒なタイトルがついておりますが。
『苛めがあったという事実は確認出来ませんでした』team DugØut二回裏終演致しました。
と言うお話でございます。
御来場頂いた沢山の皆様。
御尽力頂いたスタッフの皆様。
共演者の皆々様。
応援して下さった友人並びに家族の方々。
本当にありがとうございました。
《今年もう出演しません❗️舞台納めです‼️》宣言を秒速で撤回し、気まずさハンパなかったのですが。思いの外出演を喜んで下さる方が多くて。
やっぱり、役者は人様に生かされているなと改めて実感致しました。
舞台のお話に戻りますが。
今回は苛めがテーマでした。
苛めの背景にある、保護者の在り方であったり、
先生方の考えや思惑が交錯したりして、ラストは…の、正直後味のあまりよろしくないお話ではありました。
御来場頂く皆様には、色々と考えて頂きたいなと思いつつ、自身も沢山考えました。
母親役は今回6回目、通算9人の子持ちなんですけれど。今までは、母親対目の前にいる子供、との関係のみがクローズアップされているような役柄でしたが、今回はそこに周りの目、環境、今後の子供の将来なんかも入り交じりまして。
なかなかに正論だけでは世の中は生きていけないのだねと言う世知辛さを改めて思い知ったりもしました。正義を振りかざすには、子供と言う絶対の存在は大き過ぎて、世の中の皆様にお恥ずかしいと思う反面。母親役としては、絶対に何が何でも自分の子供は犠牲になんてするもんか❗️と言う決意だけがありまして。
結果、何というか、親御様世代の方に『仕方ないよ』と慰められるような、救われるようなお言葉を頂いたりも致しました。
それだけ、皆様も何よりも子供を第一として生きていらっしゃるんだなとリアル子持ちではない私はまた新しい世界の見方を教えて頂きました。
苛めは良くないし
隠蔽はもっと良くないし
だけれども。
苛めが起きる構造を解決しないことには何の意味もなく。それは子供達の問題だけじゃなくて、保護者同士の関係や、夫婦関係や、それぞれの人間が育って来た過程もあることで。
え、じゃあ、どこから辿ってやり直したら良いの?と考えるともしかしたら人類の起源にまで遡らないと難しいんじゃなかろうかとも思います。
社会問題として取り沙汰されることも多いですが、もはや普遍的なテーマになりつつある悲しい現実でもあるように実感しました。
とは言え私はやっぱり当事者ではなく、物語のみに生きるだけの者なので、本人達の辛さは理解出来ないし、出来るとも口が裂けても言えないし。
そう言う意味では、他人事で申し訳ないのですが。力になれることはないのだろうかと考えてもいます。
『こんなことなら死んだ方がマシだ』と言う言葉を耳にしたり、若かりし頃は思ったりしたこともありますが。マシなんてことはないよなと思います。死ぬ勇気があるならば、逃げる勇気に使った方が良い。逃げ癖がつくとか言う人もいますが、死ぬほど辛いことなんて、そうそうない。
ならば逃げて、また立ち上がる準備をすれば良いんではないでしょうか。
色んなこと遅すぎるってことは少なくて、1年休学しようが、年取ってから大学行こうが、生きていれば色んな選択肢が広がるので。
しんどくても頼むから自殺だけはしないでくれよと、大切な人々にはお伝えしたいです。
久しぶりに書くので、やっぱり長くなるし、こ難しいことばかり言ってますね。
ここからは裏話??と言うか座組の話をしていきませう。ってゆーか、共演者紹介かな。
しようしよう。そうしよう。
写真載っけて行きますぞ。
あ、長くなりそうだから次に続こうかな。
こうやって勢いで沢山書いて、また気がそがれて放置とかしないようにしないとね。
まずは終演の御礼とワタクシの雑感をお伝えしました。
それではね、今日は、続くよ🎀
