ネテモサメテモ

ネテモサメテモ

役者やってます。現在フリーです。
良い年した大人が恥ずかしげもなく夢や野望を語りたい。地に足つかないフワっとした大人の希望の星になりたい。そんなブログ

Amebaでブログを始めよう!
ごきげんよう‼️
1週間ぶりの投稿です😊

金曜日の夜23:30に東京を離れ、南三陸に行って来ました。

今回もボランティア団体東北ファミリアさんにお世話になり《ごきげん一家》の打ち合わせと、そして。
前回の帰りのバスの中で、『ワカメ漁の季節のボランティアは楽しいから来た方が良いよ〜』とオススメされてとても気になっていたので、この活動も目当てで!参加して来ました。


今回はごきげんメンバーから
しーとんと丈也君も現地を見たいと言うことで同行してくれましたっ🌹
前回は《おだづもっこ》として団体で参加だったので、今回は一般の人達と交流も沢山持てると言うことでワクワクでした。
{72DF3F95-BEBE-4038-9F23-106AB3676FD4}

南三陸はまだまだ寒いっす。アウター2枚にセーター&ヒートテックのフル装備でスタートです。

初日の午前中早い時間は、ボランティア団体《東北ファミリア》の鈴木さんの計らいでとある方に会わせて頂きました。

今日はそのお話。


今回 ごきげん一家 は8月の南三陸でのボランティアに向けて、来月からチャリティーイベントを開催して行くことになっておりますが。その時の内容を南三陸の民話にしようと決めています。
南三陸の民話ってあんまり知らないじゃないですか?せっかく現地の今をお伝えするならば、より沢山南三陸のことを知って頂きたいと思って決めました。

だがしかし
宮城県と範囲を広くすると民話は沢山ありますが、南三陸と限定するとなかなかない‼️資料もない❗️のが現状でして。
そんな時見つけたのがこちらの本。

{E90128F6-2FB8-4B38-B809-AE9438D6BC2E}

『ふるさと歌津の民話と伝説』。
国会図書館で借りられます。

この本を鈴木さんのお力添えで持っている方から貸して頂き、さらに編者(著者)の方に会わせて頂くと言う時間を作って下さいました。

お話を伺ったのは 高橋静男先生。御年90ン歳。
最近仮設住宅から公営のお家に移られたそうです。

{7AD09030-4CB4-44E2-99B7-C115374B931A}
先生と話を聞く我々。

民話と言うのは、各地に似たような話が沢山あるのですが、作者不明、口伝えなことも多く「ここの民話だよ!」と名乗りを挙げないと他の地域の民話として広まってしまうことも多いそうで。
折角の地元の民話を守りたいと言う思いから、本にすることを決めたそうです。
そのためこの本に載っている民話は全て場所が記載されていて、どこであったか分かる話ばかりなんです。

1000冊を作り、700冊が売れ。
残りを役場で預かって貰っていたところ震災で消失してしまったとのことで、手元に持っておけないことが本当に残念なことですが、貴重な資料として今回大活躍して頂きました。

{29E90950-1647-4A8C-99A7-D425D8830076}
記念写真📷
30分の短い時間の間に先生の奥様にも手厚くおもてなしをして頂き、後ろ髪を引かれつつ次の場所へ。

{7071AA3E-FF73-4FC8-A840-7C2A1608B586}

{38BC9A90-E0E4-4B9D-BB72-1AE25F4AC06B}

本を貸して下さった小野寺寛さんの案内で、民話の土地を巡るツアーです。

歌津には狐にバカされたと言う民話が多いんですが、ここの先の田んぼの肥溜めに落ちたんだよーなど伺いました。(ファミマの先だったりしました)

{01792BC5-01F0-47E8-81D5-22CADD6C910A}
狐が出て人々を見ていそうな雰囲気の森。
現場を見ると、色々と改めてアイデアが湧きます。
{AB98953A-D082-4094-999A-AC642146EDCD}
当時の人は近道をしようとすると山の中を歩くしかなく、その結果狐との遭遇も多かったのでしょうね。

見学中にカモシカが降りて来ていました!
白毛の美しいカモシカでした。
木々の若芽を求めて割と下まで降りて来るそう。
写真はうまく写らなかったー😣

そして。
朝一は大川小学校も再び見学しました。
{2A5D97EB-EED6-478E-B168-F2BA3BEDC376}
現在まだ遺族の方との裁判が続行中です。
過去に事例がないため、最高裁まで行かねば判断が下せないそうです。
子供を失ってしまった親御さんの気持ちはやはり計り知れず。きっとお金で解決をしたいだけではなく。行き場のない悲しみややり場のなさに区切りを付けるためには、必要な裁判なようです。
そうしないと自分達も前に進めないと言うことに悲しみの深さ、そして少しの罪悪感を感じました。良い悪いではなく。双方が次に進むために建設的に裁判が行われたら良いなと思いました。

震災遺構として残ることになったそうで、恐らく遺族の方か保存会の方達の計らいかで、沢山の花壇がありました。
チューリップや芝桜など。色とりどりの花々が学校を彩っており。建物自体を見なければ震災遺構とは思えない様相でした。
子供たちに向けての沢山の愛がそこにありました。
{89965A00-3B19-46C5-9C42-0EE69755E1E1}
こちらは前回来て、一番印象に残っていたのに写真に撮らなかった積石。
どなたが始めたものかは分かりませんが、子供があちらの世界でやることとして有名ですね。

{31C48AC4-5157-422B-992F-367364184060}

学校に面した道路に沢山ありました。
生きている限り立ち止まっては居られないけれど、偲ぶことや少しでも向こうで幸せであるようにと願うのは人間ならではの行為だと思うのです。

悲しみは癒えることはないと仰っていたのは、前回ボランティアの時にお話を聞かせて下さった中学校の先生でしたが。

癒えないけれども、それでも。
生きている以上、時間は流れ過去となり、自分達は前に否が応でも進まされていく現状。
抗うのではなく、向き合いながら、惰性ではなく確かに。頑張っている人々の姿がそこにありました。

人間の強さ、逞しさ、美しさ。そして愛情の深さを沢山考える時間でした。

生きることについては、今回、震災の体験のお話を聞いたのでこれは次回書きたいと思います。

ここまでの経験でも全て、東北ファミリアさんのお気持ちであったり、私達同様ボランティアながらドライバーとして夜通し運転して下さった方のお心遣いであったり。

ボランティアとして役に立てたらと言う気持ちで向かう私達に、少しでも価値のある経験をと思って下さることに感謝しかありません。

おもてなしと言う言葉の本質を考えさせられる体験です。


明日は、実際にボランティア活動として行ったことや、そこで伺ったお話などお伝えしていきます。

感想など頂けたらとても嬉しいです。


それでは、またね🎀