例えば自分の話しが、話している相手に伝わらない時、
なんでこんな簡単なことがわからないんだろう?と、思ったりします。
相手のことを理解力がない人だとか、人の気持ちがわからない人だとして、諦めたり、放っておくことにしたりします。

そして時が過ぎて、ある時ぱったりそのわかってくれなかった相手と出会った時に、その人が、
「今になってあの時言われたことがわかります、言ってもらえて良かった」と、話した時!

ちょっと待った!です。
そのセリフで褒めてもらえたと喜んでしまって終わりにしてはいけません(笑)
一番いけないのは、
相手のせいにして、諦め放っておいた自分のことを忘れ、
「あなたもやっとあの時の私の話がわかるほど成長したのねぇ」と思うことです!(笑)

すごいのは相手ですよ。

話した私ではないのです。
その人はわかりにくかった言葉を忘れず、思考し続けたんです。そのことが素晴らしいのです。

その時こちらが相手に伝わらない言葉で説明したことは変わらない事実です。

思わず出る言葉は
「あなたはすごいね」です。
「私は関係ないのに、そんな風に思ってくれてありがとう」です。

話した相手がわかってくれたから、話したことが「いい」というものでもなく、
話した相手がわかってくれなくても、あなたの言葉が素晴らしいこともあります。

相手の反応や相手の思いで、あなたのやっていることの成否が問われるわけじゃありません。
けれど話す限りは、もっと伝わる言葉や表現を求めたいと思うのです。

いつも真摯に、
自分はどうだろうか?どんな思いで話しただろう?
思い通りにしたくて話したんじゃないだろうか?と疑問を持つことが大切だと思っています。

人が私を作り上げるのではありません。
人は私が作った私を、私が作らないといけない私を見せてくれる鏡の役割です。
その鏡をうっとり見ることなく(笑)いつも謙虚でありたいと思うのです。