昨日、ツアーのいわきを友達の代理で行ってきました。
夜中走って、早朝市内に入って、知り合いのお寺のある楢葉に寄って。
いわきに入るあたりから、久しぶりに見る海の波は荒れてて、まだ、だよ、って言われてる気がした。
市内も建て直してるとこ、更地になってるとこ、傾いてるとこが案の定見受けられて…。
楢葉に近づくころ、富岡あたりが浸水地域って書いてあった。
つまり、津波でってこと。
気仙沼も中々すごかったけど、こちらも中々。
見るとやっぱり、ああ、そうかと思ってしまう。
私が見てきた景色は、時間が止まったまま、手がつけられてない田んぼが雑草が生い茂ってるままだったり、知り合いのお寺に行けばなんて思ったけど、案の定避難してて、人気がなく、何もかもがそのままだった。直せないまま。
そっかそうだよね(-_-;)と後にし、いわきに戻ろうとすると、コンビニに若干人が集まってた。
そう、そのあたりには、そのコンビニくらいしかないの。
色んなお店が畳んでた。
だから、そこくらいしか買い物できる場所がないの。
だから、朝5時なのに、車が何台も停まってて…。
きっと朝ごはんを買いにきてたんだろうな、と。
そのコンビニ、バイト募集の時給が都内並みだった。
それはつまり危険と隣合わせだから。
そう、その先、20キロは、立ち入り禁止区域だから。
だから、いわきの途中から、仙台へ行く道の迂回路が作られてた。
けど、それは、車で実家へ帰れる証。
淋しいことだけど、仕方ない。
逆に帰ろうと思えば帰れる、それだけでも収穫あり、だ。
しばらく行って、それまで寝てなかったから、ちょっと眠って、また、走って、100均へ寄った。
お昼なのに、全然人もいない。
やはり、その周辺にはあまりお店がなくて。
品揃えも充実してるものとそうでもないものがあって、お店に入ってすぐ、ひまわりが沢山あったのには、夏がくることを待ちわびてるみたいだった。
けど、家庭菜園用の種売り場に、ひまわりがなかったの。
こここそ必要なんじゃないの?って思った。
私が住んでるとこが、ホットスポットなのに、と。
再び中心部へ向かった。
やっぱり駅前は綺麗に整備されてた。
そこからすぐ近くにある会場は、公園になってて、フリーマーケット等のイベントが行われていて。
すごくほのぼのした。
会場の入口はどこだろう?と回っていると、ツアートラックを発見したその場所は河原になってて、遊歩道が作られてた。
そこにベンチが並んでて、そこでずっと過ごすことが出来、途中から本当にこれから、ライブなの?というくらい、まったりして、ほぼ福島県民で溢れたその中に混ぜてもらい、久しぶりに私も福島弁になった。
夕方くらいにそろそろと、ガラポンをやり、車で準備をし、会場へ戻った。
すでに、きちんと並んでいたのは、みな素直な東北人の気質かもしれない、と思った。
今回、友達が引き当てた席は神の席で、おそらくと思った通り、通路だった。
その席に着くと、すでにいらしてた、奥様お三人と仲良くなり、色んな話をしてもらった。
途中、私が、曲中にコケるという珍事をやらかし、自分でも状況がつかめないと、即座に助けてくれた。
そう、夢中になってしまって足を踏み外したのだ。
それでも肉眼でくっきり。目の前だから、ほぼかぶり付き
ありがたやありがたや
冒頭で、遊ちゃんは、来れて嬉しい~\(^o^)/と言ってくれ、あと八回は嬉しい~\(^o^)/っていうから、と言ったほど。
そんなに嬉しいかね?と思ったことは後に解決した。
内容については、ネタバレになってしまうから、書ける範囲だけ書きますねm(__)m
遊ちゃんは、四階も見えてるよ~
と言うと三階から、三階は~?の男性の声。
四階も見えてんだから、三階も見えとるわ
(笑)
あっちこっちもみんな見えてるから♪
一階はまぁ、いいや、と(笑)
なんてことも言ってくれて。
そんなやりとりも何度か(笑)
今回もやはり、座ることが出来るところが何回かあり、松戸では、座ることを覚えましたね、と言ってくれ、この福島では、そそそ、座っていいのよ、なんて言ってたのに、
ある程度終わったら、
楽しかった?面白かった?休んだ?
ときかれ、
はーい♪と答えると、
休んでんじゃねーよ♪なんて言われた(笑)
見事なドSっぶり(笑)
終盤には、雄ちゃんが、福島に対する思いを話してくれて。
それは、うちら、被災者にとって、響きまくった…。
これは、わかる人にしかわからない、と。
雄ちゃんは、みんなが我慢して、頑張ってきたことを知ってるから、Zeppでの宅配便と同じように1つ1つ想いを伝えてくれた。
本当に本当にありがたくて。
重く辛い想いを雄ちゃんを含め、チーム遊助やスタッフさん達が沢山してきたと思うから、余計…きた。
今もちょっと…。
でも、素敵な素敵な時間と想い出になりました
では、

会場の入口。

こちら、大道具用のトラックの助手席のダッシュボードの上に、『舞台屋』と熱い

こちら、場内に貼ってあったポスター。
関東じゃ絶対あり得ない
良いなぁ、と。

当日券だって
これも関東じゃあり得ない

入口入ったところにある予定表。

お手紙1

そして、2です。
グッズの表や、入口などの案内は、松戸と同じでしたので、撮っていません。
とりあえず、ざっくりで言うと、こんな感じです。
内容うんぬんがあるので、このくらいでご勘弁下さいm(__)m
そして、私自身このライブに対しての想いがありますので、報告という形で、現状をメインに書かせていただきました。
私個人的に、親族や本家があるので、福島は切っても切れない大事な場所です。
地元の千葉、仙台同様、これから、行く場所の1つにしようと思いました。
今回出逢わせていただいた、福島の皆さんとこれからも一緒に歩いていきたいので。
長くなりましたが、行かれました皆さま、お疲れ様でした。
行けなかった皆さま、重い状況ですが、このような状況は、まだ続き、少しずつ進んでるもの、止まってしまったもの、沢山あります。
それでもみんなが頑張って、その日を精一杯生きておりますので、温かく見守っていただけると助かりますm(__)m
長々お付き合いありがとうございましたm(__)m
夜中走って、早朝市内に入って、知り合いのお寺のある楢葉に寄って。
いわきに入るあたりから、久しぶりに見る海の波は荒れてて、まだ、だよ、って言われてる気がした。
市内も建て直してるとこ、更地になってるとこ、傾いてるとこが案の定見受けられて…。
楢葉に近づくころ、富岡あたりが浸水地域って書いてあった。
つまり、津波でってこと。
気仙沼も中々すごかったけど、こちらも中々。
見るとやっぱり、ああ、そうかと思ってしまう。
私が見てきた景色は、時間が止まったまま、手がつけられてない田んぼが雑草が生い茂ってるままだったり、知り合いのお寺に行けばなんて思ったけど、案の定避難してて、人気がなく、何もかもがそのままだった。直せないまま。
そっかそうだよね(-_-;)と後にし、いわきに戻ろうとすると、コンビニに若干人が集まってた。
そう、そのあたりには、そのコンビニくらいしかないの。
色んなお店が畳んでた。
だから、そこくらいしか買い物できる場所がないの。
だから、朝5時なのに、車が何台も停まってて…。
きっと朝ごはんを買いにきてたんだろうな、と。
そのコンビニ、バイト募集の時給が都内並みだった。
それはつまり危険と隣合わせだから。
そう、その先、20キロは、立ち入り禁止区域だから。
だから、いわきの途中から、仙台へ行く道の迂回路が作られてた。
けど、それは、車で実家へ帰れる証。
淋しいことだけど、仕方ない。
逆に帰ろうと思えば帰れる、それだけでも収穫あり、だ。
しばらく行って、それまで寝てなかったから、ちょっと眠って、また、走って、100均へ寄った。
お昼なのに、全然人もいない。
やはり、その周辺にはあまりお店がなくて。
品揃えも充実してるものとそうでもないものがあって、お店に入ってすぐ、ひまわりが沢山あったのには、夏がくることを待ちわびてるみたいだった。
けど、家庭菜園用の種売り場に、ひまわりがなかったの。
こここそ必要なんじゃないの?って思った。
私が住んでるとこが、ホットスポットなのに、と。
再び中心部へ向かった。
やっぱり駅前は綺麗に整備されてた。
そこからすぐ近くにある会場は、公園になってて、フリーマーケット等のイベントが行われていて。
すごくほのぼのした。
会場の入口はどこだろう?と回っていると、ツアートラックを発見したその場所は河原になってて、遊歩道が作られてた。
そこにベンチが並んでて、そこでずっと過ごすことが出来、途中から本当にこれから、ライブなの?というくらい、まったりして、ほぼ福島県民で溢れたその中に混ぜてもらい、久しぶりに私も福島弁になった。
夕方くらいにそろそろと、ガラポンをやり、車で準備をし、会場へ戻った。
すでに、きちんと並んでいたのは、みな素直な東北人の気質かもしれない、と思った。
今回、友達が引き当てた席は神の席で、おそらくと思った通り、通路だった。
その席に着くと、すでにいらしてた、奥様お三人と仲良くなり、色んな話をしてもらった。
途中、私が、曲中にコケるという珍事をやらかし、自分でも状況がつかめないと、即座に助けてくれた。
そう、夢中になってしまって足を踏み外したのだ。
それでも肉眼でくっきり。目の前だから、ほぼかぶり付き

ありがたやありがたや
冒頭で、遊ちゃんは、来れて嬉しい~\(^o^)/と言ってくれ、あと八回は嬉しい~\(^o^)/っていうから、と言ったほど。
そんなに嬉しいかね?と思ったことは後に解決した。
内容については、ネタバレになってしまうから、書ける範囲だけ書きますねm(__)m
遊ちゃんは、四階も見えてるよ~
と言うと三階から、三階は~?の男性の声。四階も見えてんだから、三階も見えとるわ
(笑)あっちこっちもみんな見えてるから♪
一階はまぁ、いいや、と(笑)
なんてことも言ってくれて。
そんなやりとりも何度か(笑)
今回もやはり、座ることが出来るところが何回かあり、松戸では、座ることを覚えましたね、と言ってくれ、この福島では、そそそ、座っていいのよ、なんて言ってたのに、
ある程度終わったら、
楽しかった?面白かった?休んだ?
ときかれ、
はーい♪と答えると、
休んでんじゃねーよ♪なんて言われた(笑)
見事なドSっぶり(笑)

終盤には、雄ちゃんが、福島に対する思いを話してくれて。
それは、うちら、被災者にとって、響きまくった…。
これは、わかる人にしかわからない、と。
雄ちゃんは、みんなが我慢して、頑張ってきたことを知ってるから、Zeppでの宅配便と同じように1つ1つ想いを伝えてくれた。
本当に本当にありがたくて。
重く辛い想いを雄ちゃんを含め、チーム遊助やスタッフさん達が沢山してきたと思うから、余計…きた。
今もちょっと…。
でも、素敵な素敵な時間と想い出になりました

では、

会場の入口。

こちら、大道具用のトラックの助手席のダッシュボードの上に、『舞台屋』と熱い


こちら、場内に貼ってあったポスター。
関東じゃ絶対あり得ない

良いなぁ、と。

当日券だって

これも関東じゃあり得ない


入口入ったところにある予定表。

お手紙1

そして、2です。
グッズの表や、入口などの案内は、松戸と同じでしたので、撮っていません。
とりあえず、ざっくりで言うと、こんな感じです。
内容うんぬんがあるので、このくらいでご勘弁下さいm(__)m
そして、私自身このライブに対しての想いがありますので、報告という形で、現状をメインに書かせていただきました。
私個人的に、親族や本家があるので、福島は切っても切れない大事な場所です。
地元の千葉、仙台同様、これから、行く場所の1つにしようと思いました。
今回出逢わせていただいた、福島の皆さんとこれからも一緒に歩いていきたいので。
長くなりましたが、行かれました皆さま、お疲れ様でした。
行けなかった皆さま、重い状況ですが、このような状況は、まだ続き、少しずつ進んでるもの、止まってしまったもの、沢山あります。
それでもみんなが頑張って、その日を精一杯生きておりますので、温かく見守っていただけると助かりますm(__)m
長々お付き合いありがとうございましたm(__)m