アップします。
9ヵ月前に行った気仙沼のこと。
だから、この記事より、状況は良くなっているはずです。
私は、あれから宮城自体帰ってはいないけれど…。
これを思い出して、書かなきゃ
って思ったから、書きます。


気仙沼の駅。
去年の6月の朝9時、ここから歩いてスタート。

船の停留場。
沈んでました。

拡大するとこんな感じ。

津波の位置を示しています。

だいたいの建物は津波でもっていかれて、こんな感じのがらんどうになっていました。

歌津の意志ですね。

ある崖ですが、津波でもっていかれて、山肌が見えてました。
そして、手前の道路が割れてあいていて、足元の海が見えてました。
場所によっては、車が沈んだままで潮の匂いにガソリンが混じった匂いがした場所もありました。

気仙沼の人の意志。

港から離れて町中に入ると津波でやられて、建物がほとんどありません。
瓦礫はほとんどなくなっていましたが、寂しい土地でした。




ガソリンスタンドの止まったままの時計。


復興屋台村の様子。
一番最初の写真のお土産はこちらで買いました。

海は穏やかに晴れ晴れとしていました。

帰りの電車に乗る為に登る階段にはこんな風に。

電車はこんな感じ。

新幹線
のホームがある、一関ではお見送りが


懐かしい言葉にウルウル(T-T)
これはあくまで去年の6月の私の日帰り1人旅の様子で、写真をかなり割愛しました。
それは、気負ってほしくないこと、そして今はもっと復興が進んでいると思うからです。
もしかしたら、歴史の記録として残してあるものもあるかと思いますが、今の気仙沼、これからの気仙沼は是非皆さんの目で確かめていただきたいと思います。
本日、サンドウィッチマンのお二人は、二年前と同じこの気仙沼で黙祷をされます。
私自身後輩として、伊達さんより、ご報告を待つ1人です。
今日は各地での様子が報告されることと思います。
それにより、心を傷めてしまう方もいらっしゃると思いますが、無理してご覧にならなくても大丈夫ですから、ちょっとだけ、そういう日だったな、くらいで気にかけていただけたら幸いです。
少しずつ3県が復興して、3県民の生活がよくなりますように。
仙台産まれ仙台育ち、戸籍も仙台のものより。
9ヵ月前に行った気仙沼のこと。
だから、この記事より、状況は良くなっているはずです。
私は、あれから宮城自体帰ってはいないけれど…。
これを思い出して、書かなきゃ
って思ったから、書きます。

気仙沼の駅。
去年の6月の朝9時、ここから歩いてスタート。

船の停留場。
沈んでました。

拡大するとこんな感じ。

津波の位置を示しています。

だいたいの建物は津波でもっていかれて、こんな感じのがらんどうになっていました。

歌津の意志ですね。

ある崖ですが、津波でもっていかれて、山肌が見えてました。
そして、手前の道路が割れてあいていて、足元の海が見えてました。
場所によっては、車が沈んだままで潮の匂いにガソリンが混じった匂いがした場所もありました。

気仙沼の人の意志。

港から離れて町中に入ると津波でやられて、建物がほとんどありません。
瓦礫はほとんどなくなっていましたが、寂しい土地でした。




ガソリンスタンドの止まったままの時計。


復興屋台村の様子。
一番最初の写真のお土産はこちらで買いました。

海は穏やかに晴れ晴れとしていました。

帰りの電車に乗る為に登る階段にはこんな風に。

電車はこんな感じ。

新幹線
のホームがある、一関ではお見送りが


懐かしい言葉にウルウル(T-T)
これはあくまで去年の6月の私の日帰り1人旅の様子で、写真をかなり割愛しました。
それは、気負ってほしくないこと、そして今はもっと復興が進んでいると思うからです。
もしかしたら、歴史の記録として残してあるものもあるかと思いますが、今の気仙沼、これからの気仙沼は是非皆さんの目で確かめていただきたいと思います。
本日、サンドウィッチマンのお二人は、二年前と同じこの気仙沼で黙祷をされます。
私自身後輩として、伊達さんより、ご報告を待つ1人です。
今日は各地での様子が報告されることと思います。
それにより、心を傷めてしまう方もいらっしゃると思いますが、無理してご覧にならなくても大丈夫ですから、ちょっとだけ、そういう日だったな、くらいで気にかけていただけたら幸いです。
少しずつ3県が復興して、3県民の生活がよくなりますように。
仙台産まれ仙台育ち、戸籍も仙台のものより。