何かの必然だったんだろうね。


夜中の番組。


福島の相馬に実家のある、ディレクターさんのお話で、もらい泣きと自分と重ねてしまった。


津波がお家にかぶった為に、家が泥まみれになって、その数ヶ月前に旦那さんが亡くなって、1人暮らしのおばあちゃん。


あんとき一気に逝ってたら


なんて、聞いたら気になりすぎる。


震災で半壊判定をもらって、補助もあまり出なくて、結局は危険だからって取り壊しが決まった。


一度を腹を決めても、未練が残って、捨てたものに手を出して、取り壊されるのを泣きながら見届けて、旦那さんが好きだった茶の間が中々崩れず、抵抗していた様を見て、旦那さんの執念だと言った。


カメラを持つディレクターさんも、自分の産まれ育った家が取り壊され、気丈なお母さんの泣く姿に感化されて、私も自分の目では見れなかった、今は無き、実家が取り壊された様を思い描いた。


良い思い出も、悪い思い出も全部崩れ落ちるのを見たら、冷静でいられるわけがない。


その後、補助金や旦那さんがかけてた地震保険、ディレクターさんが出すお金で、建て前をするところまで放送された。


放射線量が高いのに、と家庭菜園をしても、ここに残るのか、と言われたりしても、そこで生き続けたいという、おばあちゃんの心の移り変わり。


ディレクターさんが、被害の大きかった場所だけじゃなく、伝えなきゃ、という意志。


みんな大なり小なり傷は残ってる。



心がボロボロになっても、生き続けなきゃいけない。


それは何らかの意味で、必然なんだよね。


まぁ、私がたまたま色んな巡り合わせで出会った人も番組もきっと意味があって、必然なんだから、はがれたかさぶたを小さくしていきながら、生きてただ、頑張るしかない。


毎日綴られた、おばあちゃんの日記は詩みたいで、切なくて、同じように苦しくて可愛かったな。



おばあちゃんがね、戦争より怖いって言ってた。


天から受けたものは憎む敵がいないから、って。



この戦いは長い。


少しずつゆっくり進んでいきましょうね。


人によって違うから。


あなたはあなたのペースでね。