思ったこと。



やっぱりなことは、新しい家も、うちみたいに、元々古い家でも、結構被害がでてます。


ただ、とりあえず、家が残っているってだけで、ぶっちゃけ、昭和初期かと思うくらいな、やっとやっとな、家もある。


それは、実家もしかり。

ただ、うちは、元々に、数年前の、と本災に余震という組み合わせ。



法要をしたお寺も、かなりしっかりしてるのに、一回目で、なんとかなってたのが、二回目で、落下した、天井や、飾りなんかがあったのだ、とか。



位牌もどうしようもない、って言ってた。



だから、小学校も、中学校も、サンプラザも、駅前も駅自体も、見た目が大丈夫でも、実は中が、なんてことになってます。


そこら中で、幕や、鉄筋の足場も組まれてる。



従姉妹の家に、津波が来て、車が流され、避難させられた、とか。


叔母の家のお墓や、付近のお墓は、もうどうしようもない、って。


福島のおばちゃんたちも、とりあえず命があったからね、なんていうけど…。




ねぇ、やっぱり、東北人は、我慢し過ぎじゃないかな?



あちこちに、頑張ろう!!

頑張っぺ!!


闘北!!なんて書いてあるけどさ、確かに仕方ないんだけどさ、多分、かなり、ひどいよ。


どれもこれもみんな。



うちはまだ、なんて思ってるから、大丈夫だと思われてるけど、次また、きたら大概、助からないんじゃないか、って思うよ。



行きのバスの、カーテンの隙間から、見えた仮設住宅。



沢山の人が待ってて、やむなく、津波がきた場所にさえ建てなきゃいけないのもあるんだって。



それ、他の地域の人知ってる?

って思った。


きっと、知られてない現実だよね。



今、Zeppの前で、書いてますけど、みんな、笑顔で歩いてます。


生きてます。


普通にしてます。



けど、もしかしたら、家に帰ったら、落ちたり崩れたり壊れた震災ゴミに囲まれたり、とりあえずの修復をしてたり、傾いたり、抜け落ちた、床、亀裂が入った道路、壁を見ているんじゃないかな。



私は、あちこち見てて、風景が変わってたり、震災した後のを見たりして、あ~、そうなんだって、言うしかなかったけど、受け止めることは出来たつもり。



けど、ここから、みんな、仕事をして、お金を作って、修復するまでは、そのままなんだろうな、って思った。



そして、お金があっても、職人さん達の手が足らないから、いつ回ってくるかわからないから、諦めたり、いいや、後で、ってみんな、思ってる。



やっぱり被災してから、が一番大変じゃないかな?




昨日、ある人に、


そんなに被災地被災地っていうけど、本当にひどいの?


って言われてきた。



でも、そこら中が、家が崩れたり、壁が落ちてたら、大丈夫、大丈夫、うちだけじゃないからって思っちゃうよね?


だから、大したことない、って言ってるんでしょ。って思うし。



正直、自分がまともな家に住んでる状態からすると、うちだけじゃなく、あちこちが、多分、住めたものじゃない、所に住んでる気がする。



1人じゃない、うちだけじゃない、は、やっぱり復興を遅らせるんじゃないかな?



確かにうちがうちが、って名乗り出たら、キリがないかもしれないけどさ、仕方ないだけで、片付けてしまっていいんだろうか?と思ってしまいます。



まだ、自分の中で、何が良いとか、どれが先にした方が良いのか、答えは出ないし、わからない。


けど、なんだかなぁ、と思ったのは、確かです。