けど、やっと完成いたしましたので、ツアーのインタビューのご報告をm(__)m
どこかの屋上らしき、芝生の上に座って、黒い帽子と赤いシャツにTシャツで答えてます。
後ろが、海と思われて、たまに通りすぎる船
についつい目がいってしまいます。
観覧車が見えるから、フジテレビの上でしょうか?
では、スタート。
どうも~\(^o^)/
今回、私、遊助が、人生初の全国ツアーをさせて頂きまして、今回はそのZeppTokyo、ファイナルの模様をお送りしたいと思います。
僕以外のみんなが凄いから、見て下さい。
どうぞ。
オープニング、会場入り、館内放送から。
ツアーの想い出は?
いっぱいありましたね。
本当に家族みたいだったし、スタッフさん、ダンサー、DJ、色んな人たちがこう1つんなって泣いたり、本当にいっぱい泣いたし、いやもう沢山ある。
1人1人に想い出が濃すぎて、いまだに本当に家族だと思うし、何かあったら、絶対助けようと思うけど、そうやってなったから、お客さんに届いてくれたと思うし、お客さんの笑顔とか、流す涙がこう、目の前で見れて、1つ1つの想い出が濃すぎて、どれってあげられないんだけど、なんだろな。
もう、毎日が本当に濃い想い出です。
どれと言ったら、もうキリがないぐらい。
ツアーのコンセプトは?
テーマは、あの~、その前の年に走った、2009年の時にずっと、心の中でこう持ちながら、曲を作ってきたように、感謝です。
いや、もう本当に、俺1人じゃ何も出来ない人間なので、こうやって支えられて今の自分があるし、本当に色んな人たちにこう心配もかけたし、助けてもらいながら今こうやって生きていられるので、改めてこう感謝とか、ありがとうっていう気持ちだとか、言葉を大事にしようと思って、それはもうずっと思ってきたし、俺が与えられるのは、勇気だとか、感謝とか、元気とか、笑顔とか、ほんちょっとかもしれないけど、それをみんなにどんどんどんどん広がって、雪だるまみたいに膨らんで、どうぞ~\(^o^)/みたいな、
こんなんですけど~っていう、俺しか出来ない、俺等しか出来ないライヴをしたかったから、そういう意味でこう、原点に戻って、人との大切さをもう一回改めて感じようと思ったし、感じたし、本当になんか俺等しか出来ないライヴはしたと思います。
UーSIC
わんぱく野球バカ。
今回のツアーを、四字熟語で、表すと?
(フリップに書いてくれと、言われ)
いいよ。
(フリップに書いて)

全力投球。
ま、まんまなんすけど、自分が持てる球を思い切り投げつけたライヴ、ただ、一方通行にはなりたくなかったので、ちゃんとキャッチボールを意識して、相手に受けてもらいやすいように、ボールを投げたと思うし、それはお客さんに対しても、スタッフに対しても、クルー、あの、自分達の仲間とか、会場いる全部、やっぱ、ライヴは、その一回しか出来ないから、そのメンバーが全員集まるのは多分一生無いと思うし、お客さんも含めて、スタッフも含めて、そこの会場のその時間にそこにいるライヴって世界に1つしかないものだから、全てに全力投球でやった、全国ツアーです。
あの~、絶対言い訳したくなかったから。
お芝居やってるとか、バラエティーやってるとか、時間がないとか、自分に言い訳したくないのが凄い、絶対、心の中にあったから、そういう意味で今ちゃんとこう、時間が経って、思い返すと、全てに全力投球出来たかな?って思います。
海賊船。
デビュー曲ひまわりについて。
ひまわりは、あの、っていうか、本当にひまわりがなかったら、今の自分はいないし、そういう意味で、あの、ひまわりが俺を変えた、みたいな。
自分で作ったんだけど。
一昨年のヘキサコンのひまわりが流れながら、
ひまわりは、あの~、去年じゃねぇや、一昨年か、2008年に、あ、もう早ぇな。
二年前に羞恥心やってて、そん時に応援して下さったこう、お客さんだとか、あの~ファンの方とか、仲間とか、そして、家族、で、支えてくれるみんな、共演者だとか、スタッフさんたちに本当にありがとうが言いたいから、サプライズで作った、羞恥心ライヴの時に、実はって言って、寝ないで、ドラマから帰ってきて、マネージャーにも内緒で、窓から飛び出して、本当にメチャクチャそん時も時間なくて1日30分とか、1時間だけでも、スタジオ入ってちょこっとちょこっと作りあげてったのがひまわりだったので、それをこう、代々木体育館で、実は今日サプライズで自分からのみんなに、届くように作ってきたものがありますっていったのが、ひまわり、そっから、なんか急に何かが動き始めたみたいな、だから、やっぱひまわりは、原点、ひまわり=感謝、そっからまた、色んな事がこう、たんぽぽとか、いちょうとか、色んな曲作ったけど、等身大の遊助としての書いた曲は、多分あれが、最初で最後かもしれないし、自分からこうあれだから、みんなに、お手紙です、っていって書いたのはあの曲だけだから、基本的に、そういった意味で全国ツアーで、ひまわりをこう、みんなで、まぁ口ずさんでくれたりだとか、みんなの前で、歌えた事が凄いやっぱり、嬉しかったです。
ツアーのひまわりへ。
歌手「遊助」について
今、自分が、普通にこうやって曲を作ったり歌ったり、ライヴしたり、ツアーやったりしてる事が不思議。
考えたら、俺、何でこんな、え?みたいな。
感じることはやっぱもちろん違うけど、自分としてのスタンスは、あんまり毎回役者だからとか、バラエティーだからとか、アーティストだからっていうのはあんまり気にしてなくて、いっつも全部のポジションで思うけど、全てに全力で、これしかできないもんっていうもの、全て作んなきゃいけないと思ってるから。
なんだろ。
野球とソフトボールぐらいの違いしかない。
打って、投げて、走ったりするのは、一緒なんだけど、ちょっとだけ、ルールが違うっていうだけで、あの~、お客さんと近くにいたいと思うのも変わらないし、芝居だったら芝居で、こうやって伝わるようにって、身近に感じてくれるように、っていうのもそうだし、ものを作るのもそうだし、歌詞書くときもそうだけど、こんなんですけど、っていう意味で、ま、今回のツアーでもあるこんなんやりますけどじゃないけど、良かったらどうぞっていうのが、自分の中のスタンスというか、上地雄輔ってそういうもんなので、だから、遊助としても、そんな立ち位置は変わらないです。
街が流れながら
地元の街、「横須賀」について
横須賀~?
いや、思い出がいっぱいつまってるから、どんな街っていったら、あ、ひまわりみたいなもんだよね。原点というか。
で、うち、親が共働きだったから、色んな大人の人とか、地元で育ったから、で、野球でも、色んなチームんとこ遊び行ったりだとか、外でばっか遊んでたし、ゲームなんかほとんどやんなかったから、もう結構、なんだかんだ広いんだけど、1つ1つのもう町だとか、村とか、何丁目とかに一個一個思い出がある。で、色んな人達が育ててくれた、大人とか、仲間とか、後輩もそうだけど、いっぱい色んなとこにいるから、なんか考えただけで、ジーンとするような。特に横須賀は、産まれ育った場所だから、今の自分を作り上げてくれた、もの。だから、横須賀、神奈川っていう街と野球と、人、その3つで構築されてます。
「遊助」ルーツの音楽。
ルーツの曲?
親父がよく、家で、バンドやってたんだけど、あ、今もやってんのかな?やってるわ。やってんだけど、プレスリーずっと流れてた、でも、それあってんのかな?
で、横須賀って海辺で色んなレゲエとかよく流れるから。海遊びに行ったら、誰と遊ぶとか約束しないでも、海行ったら誰かしらいるから、海の家とか、そこにまだ、よく、レゲエとか流行ってるけど、普通に有名な人とか歌ってたり、それ、何もこうやってジュース飲みながら、普通に聞いてた、結構音楽流れてる町かも。
あの、どぶ板通りってベースの前だと、ジャズがいっぱい流れてるし。
で、家帰ったら、うちのじいちゃん、三線弾いてたから、よく聞いてたから。
うちのじいちゃん宮古島の人間だから、よく三線弾いてて。
あと、もう1人の母方のうちのじいちゃんが、詩よく書いてた、俳句みたいなの。
関係あんのか、ないのか、わかんないけど、全くのゼロじゃないと思う。
まだまだ長いので、次へm(__)m
どこかの屋上らしき、芝生の上に座って、黒い帽子と赤いシャツにTシャツで答えてます。
後ろが、海と思われて、たまに通りすぎる船
についつい目がいってしまいます。観覧車が見えるから、フジテレビの上でしょうか?
では、スタート。
どうも~\(^o^)/
今回、私、遊助が、人生初の全国ツアーをさせて頂きまして、今回はそのZeppTokyo、ファイナルの模様をお送りしたいと思います。
僕以外のみんなが凄いから、見て下さい。
どうぞ。
オープニング、会場入り、館内放送から。
ツアーの想い出は?
いっぱいありましたね。
本当に家族みたいだったし、スタッフさん、ダンサー、DJ、色んな人たちがこう1つんなって泣いたり、本当にいっぱい泣いたし、いやもう沢山ある。
1人1人に想い出が濃すぎて、いまだに本当に家族だと思うし、何かあったら、絶対助けようと思うけど、そうやってなったから、お客さんに届いてくれたと思うし、お客さんの笑顔とか、流す涙がこう、目の前で見れて、1つ1つの想い出が濃すぎて、どれってあげられないんだけど、なんだろな。
もう、毎日が本当に濃い想い出です。
どれと言ったら、もうキリがないぐらい。
ツアーのコンセプトは?
テーマは、あの~、その前の年に走った、2009年の時にずっと、心の中でこう持ちながら、曲を作ってきたように、感謝です。
いや、もう本当に、俺1人じゃ何も出来ない人間なので、こうやって支えられて今の自分があるし、本当に色んな人たちにこう心配もかけたし、助けてもらいながら今こうやって生きていられるので、改めてこう感謝とか、ありがとうっていう気持ちだとか、言葉を大事にしようと思って、それはもうずっと思ってきたし、俺が与えられるのは、勇気だとか、感謝とか、元気とか、笑顔とか、ほんちょっとかもしれないけど、それをみんなにどんどんどんどん広がって、雪だるまみたいに膨らんで、どうぞ~\(^o^)/みたいな、
こんなんですけど~っていう、俺しか出来ない、俺等しか出来ないライヴをしたかったから、そういう意味でこう、原点に戻って、人との大切さをもう一回改めて感じようと思ったし、感じたし、本当になんか俺等しか出来ないライヴはしたと思います。
UーSIC
わんぱく野球バカ。
今回のツアーを、四字熟語で、表すと?
(フリップに書いてくれと、言われ)
いいよ。
(フリップに書いて)

全力投球。
ま、まんまなんすけど、自分が持てる球を思い切り投げつけたライヴ、ただ、一方通行にはなりたくなかったので、ちゃんとキャッチボールを意識して、相手に受けてもらいやすいように、ボールを投げたと思うし、それはお客さんに対しても、スタッフに対しても、クルー、あの、自分達の仲間とか、会場いる全部、やっぱ、ライヴは、その一回しか出来ないから、そのメンバーが全員集まるのは多分一生無いと思うし、お客さんも含めて、スタッフも含めて、そこの会場のその時間にそこにいるライヴって世界に1つしかないものだから、全てに全力投球でやった、全国ツアーです。
あの~、絶対言い訳したくなかったから。
お芝居やってるとか、バラエティーやってるとか、時間がないとか、自分に言い訳したくないのが凄い、絶対、心の中にあったから、そういう意味で今ちゃんとこう、時間が経って、思い返すと、全てに全力投球出来たかな?って思います。
海賊船。
デビュー曲ひまわりについて。
ひまわりは、あの、っていうか、本当にひまわりがなかったら、今の自分はいないし、そういう意味で、あの、ひまわりが俺を変えた、みたいな。
自分で作ったんだけど。
一昨年のヘキサコンのひまわりが流れながら、
ひまわりは、あの~、去年じゃねぇや、一昨年か、2008年に、あ、もう早ぇな。
二年前に羞恥心やってて、そん時に応援して下さったこう、お客さんだとか、あの~ファンの方とか、仲間とか、そして、家族、で、支えてくれるみんな、共演者だとか、スタッフさんたちに本当にありがとうが言いたいから、サプライズで作った、羞恥心ライヴの時に、実はって言って、寝ないで、ドラマから帰ってきて、マネージャーにも内緒で、窓から飛び出して、本当にメチャクチャそん時も時間なくて1日30分とか、1時間だけでも、スタジオ入ってちょこっとちょこっと作りあげてったのがひまわりだったので、それをこう、代々木体育館で、実は今日サプライズで自分からのみんなに、届くように作ってきたものがありますっていったのが、ひまわり、そっから、なんか急に何かが動き始めたみたいな、だから、やっぱひまわりは、原点、ひまわり=感謝、そっからまた、色んな事がこう、たんぽぽとか、いちょうとか、色んな曲作ったけど、等身大の遊助としての書いた曲は、多分あれが、最初で最後かもしれないし、自分からこうあれだから、みんなに、お手紙です、っていって書いたのはあの曲だけだから、基本的に、そういった意味で全国ツアーで、ひまわりをこう、みんなで、まぁ口ずさんでくれたりだとか、みんなの前で、歌えた事が凄いやっぱり、嬉しかったです。
ツアーのひまわりへ。
歌手「遊助」について
今、自分が、普通にこうやって曲を作ったり歌ったり、ライヴしたり、ツアーやったりしてる事が不思議。
考えたら、俺、何でこんな、え?みたいな。
感じることはやっぱもちろん違うけど、自分としてのスタンスは、あんまり毎回役者だからとか、バラエティーだからとか、アーティストだからっていうのはあんまり気にしてなくて、いっつも全部のポジションで思うけど、全てに全力で、これしかできないもんっていうもの、全て作んなきゃいけないと思ってるから。
なんだろ。
野球とソフトボールぐらいの違いしかない。
打って、投げて、走ったりするのは、一緒なんだけど、ちょっとだけ、ルールが違うっていうだけで、あの~、お客さんと近くにいたいと思うのも変わらないし、芝居だったら芝居で、こうやって伝わるようにって、身近に感じてくれるように、っていうのもそうだし、ものを作るのもそうだし、歌詞書くときもそうだけど、こんなんですけど、っていう意味で、ま、今回のツアーでもあるこんなんやりますけどじゃないけど、良かったらどうぞっていうのが、自分の中のスタンスというか、上地雄輔ってそういうもんなので、だから、遊助としても、そんな立ち位置は変わらないです。
街が流れながら
地元の街、「横須賀」について
横須賀~?
いや、思い出がいっぱいつまってるから、どんな街っていったら、あ、ひまわりみたいなもんだよね。原点というか。
で、うち、親が共働きだったから、色んな大人の人とか、地元で育ったから、で、野球でも、色んなチームんとこ遊び行ったりだとか、外でばっか遊んでたし、ゲームなんかほとんどやんなかったから、もう結構、なんだかんだ広いんだけど、1つ1つのもう町だとか、村とか、何丁目とかに一個一個思い出がある。で、色んな人達が育ててくれた、大人とか、仲間とか、後輩もそうだけど、いっぱい色んなとこにいるから、なんか考えただけで、ジーンとするような。特に横須賀は、産まれ育った場所だから、今の自分を作り上げてくれた、もの。だから、横須賀、神奈川っていう街と野球と、人、その3つで構築されてます。
「遊助」ルーツの音楽。
ルーツの曲?
親父がよく、家で、バンドやってたんだけど、あ、今もやってんのかな?やってるわ。やってんだけど、プレスリーずっと流れてた、でも、それあってんのかな?
で、横須賀って海辺で色んなレゲエとかよく流れるから。海遊びに行ったら、誰と遊ぶとか約束しないでも、海行ったら誰かしらいるから、海の家とか、そこにまだ、よく、レゲエとか流行ってるけど、普通に有名な人とか歌ってたり、それ、何もこうやってジュース飲みながら、普通に聞いてた、結構音楽流れてる町かも。
あの、どぶ板通りってベースの前だと、ジャズがいっぱい流れてるし。
で、家帰ったら、うちのじいちゃん、三線弾いてたから、よく聞いてたから。
うちのじいちゃん宮古島の人間だから、よく三線弾いてて。
あと、もう1人の母方のうちのじいちゃんが、詩よく書いてた、俳句みたいなの。
関係あんのか、ないのか、わかんないけど、全くのゼロじゃないと思う。
まだまだ長いので、次へm(__)m