「恐ろしい速度で接近中です!王よ。どうか避難を」

 

慌てた様子の男が、玉座のすぐ側まで近づき大声で叫ぶ。

本来であればこの男は「王に対して何たること!」となり強制的にこの場から立ち去ることになるのだが、今はそんなことにはならない。

なぜなら、ちょうどこの男が言ったように敵が攻めて来ているからである。

 

「むむむ…アンテア、これほどとは……」

 

王は憎々しげにそう呟く。

 

現在の王の装備は戦闘装備だ。背中に差している豪華な装飾の施された金色の銃が目立つ。

 

と、突然王はおもむろに玉座から立ち上がり、建物の、外の広間が見渡せるテラスまで行き、ばっと右手を前に広げた。

その広げた先の広間には戦闘装備で身を固めた、何百、何千万という数の兵士が歓声を上げて王に注目している。

 

「皆、心して聞けぃ!かねてより国家を脅かす存在として危惧されていたアンテアをここで確実に討つ。既に裏切り者のテロスは処分した。あとは装置を起動するのみだ」

 

玉間に、綺麗に列を作って並んでいる兵士たちは、皆気が引き締まっている表情で、静かに王の話に耳を澄ましている。

 

「ここで全勢力でアンテアを押しとどめるのだ。戦力を惜しむでない!今!これが!国家の命運をかけた大事な戦いだ!」

 

おおおおおおおおお!!!!

 

そこら中から歓声が上がる。その熱気は凄まじいものだ。

王は満足げに笑いながら一回、深く頷いた。

 

ドゴオオオン!!!!!

 

瞬間、大きな音が辺りを覆った。歓声を完全にかき消すほどの大きな音は、石片となってまるで隕石のように、先ほどまで歓声を上げていた兵士たちのいる場所へと落ちてくる。

 

わあああああ!!!

歓声は悲鳴となる。

 

ドオン!ドオン!

 

これだけで何人が死んだだろうか。石片の数は決して多くはないが、被害は甚大だ。

 

王は、石片が飛んできた方向に目を向ける。

 

難攻不落の要塞都市。|数多《あまた》の敵国を返り討ちにしてきたこの都市の壁に、ボッカリと大きな入口が破壊によって出来上がっていた。

 

「敵は来た!皆の知恵、力、全てを駆使してアンテアを食い止めるのだ。行けええぇぇ!!!!」

 

うおおおおおお!!!

 

 

スピーチを聞いていた数百、数千万の大部隊が、崩壊した壁に向かって突き進む。

 

王はそう言うとすぐに後ろに下がった。

そして、最初の男に向かってこう言う。

 

「お主、いつになったら起動できる?」

 

男は近づいてきて、こうべを垂れる。

 

「はっ!急いで作業をしております結果、30分ほどで起動可能です」

 

うむ、と王は頷く。それを確認した男は、すぐさまその場から離れた。とりあえず、少しばかりの余裕ができた。あとは命運に任せるのみ。

 

そう思った王は再び玉座に戻ろうと、玉座の前まで移動して…

 

カチャッ

 

「………⁉︎な、なんだ貴様‼︎」

 

銃を構える音が辺りに響く。音の発生源には黒が目立つ1人の男が立っていた。彼の持つ銃の先は、ピッタリと王に向けられている。

 

王の横に立っていた大臣が、突然現れた黒い男に腰を抜かし、気絶してしまう。

王は、静かにじっと黒の男を眺めていた。

しばらくそのままお互いに見つめ合う。

 

「主、名は何という?」

 

「はっ、何だそりゃ。死を覚悟したんか?ならざまあねえわ」

 

「…ワシを殺す相手、これはすなわち歴史に残る者。ならば、名を聞いておくべきであろう」

 

「………別に、そんなもんに残りたかないってな」

 

男の表情は読めない。真っ黒の服に、フードをかぶっていて、更に顔には何か仮面のようなものがつけられているのだ。

 

「確かに、主はそれを望まぬのかもしれぬ。しかし、今回の相手はワシである。殺すということは、無名は有名に変わる」

 

「………」

 

「それに、主は既に無名というわけでもないのであろう」

 

「………」

 

銃を撃ってしまえばこの語りかけも止まる。男はそれを分かっていたが、何故かそれをする気にならない。ただ静かに、王の言葉を聞く。

 

「だが、そんなことはどうでも良いのだ」

 

「………」

 

「ワシはワシを殺す相手がどんなものか知りたいのだ。死んでしまえば、その後のことなどワシにとっては無と同義である」

 

「…どうでもいい。お前が死んだからって、俺には関係ない。俺を知っているならそれくらいわかるだろ」

 

王はふぅ…と一息つき、すぐ後ろにあった玉座に座る。男の銃口は、動く王をピッタリ追いかける。

 

「左様。すれば、もう覚悟はできておる。最後はこの玉座にて終わりを迎えることができるのであれば、それも本望」

 

王は玉座に深く腰掛け、目をつむり、そのまま動かなくなった。

 

ドン!

 

カン!

 

「チッ、魔装かよ」

 

男は引き金を引いた。

王は一切抵抗していないが、その弾丸は王に届く直前で|弾《はじ》かれた。

 

「………名を名乗らぬものに、殺されるのはやはり惜しい。ワシの命はワシが終わらせるのがよいのであろうな」

 

体勢は変えず、男とのことを見ることもしないまま、王はそういった。

 

「めんどくせえな」

 

男は銃口の先を王から、横で気絶している大臣に切り替え、

 

ドン!

 

ちょうど頭が見える倒れ方をしていたため、きれいに弾は頭から貫き、鮮血を飛ばす。

 

「…で、そのままずっとそこにいるつもりか?」

 

「………」

 

王は答えない。その様子は、石像を髣髴とさせる。

 

男は舌打ちをし、銃を持っている手でガリガリと頭をかいた。

 

「ああああ!ったく、厄介な野郎だ」

 

男は右を見、左を見、ぐるりと体を|捻《ひね》って後ろを見た。

誰も居ない、静かな空間だ。

しかし耳を|澄《す》ましてみると遠くの方で戦いをしている音が聞こえてくる。

 

「この件はひとまず保留、なら…」

 

男は、戦いの音が聞こえる方に向かう。ちょうど、先ほど王が演説をしていたテラスに着いた。

そこの柵に寄りかかり、その先の方をじっと見つめる。戦いの音がする方向だ。

 

「めんどくせえけど…」

 

男は自分の手をじっと見る。男には新たな力が宿っている。つまり、あの契約はしっかりと機能しているということだ。ならば、自分が反故にするわけにはいかない。

 

「行くか」

 

ぴょんと、男はテラスから飛び降りたのであった。

 

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アンテアは、迫り来る敵に苛立ちを覚えていた。

もう、あの人はいない。ならばせめて、あの人がやろうとしていたことを実現させなければ。

そんなようなことを頭が支配しているアンテアは、とにかく目の前の敵を、力の限り薙ぎ倒す。

 

うわあああああ!

悲鳴、絶叫、さまざまな音が響く中、アンテアは真っ直ぐ目的地へ足を進める。

 

敵も見えない。

味方かどうかも分からない。

分からなくていい。

全員敵だから。

 

「魔装を使え!このままだと突破され…うわああ!!」

 

飛ばす

 

「食らえ!炎の…あああああああ!!!」

 

「後ろに回り込…わあああああ!!!!」

 

 

殺して、消して

 

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

全部無くなればいい

 

 

………

……

 

どれくらい経ったのか、アンテアは突如、異様な力を感じた。

 

気づけば、周囲に立っている人間はいない。みんな、血を流して倒れている。

 

だがアンテアにしてみればそんなことはどうでもいい。

 

ジッと、目的地である城を見つめる。

 

 

 

 

 

 

カッ!

 

突如閃光が走る。

瞬く間にアンテアに強い衝撃が襲う。

 

彼女は、気づく間も無くその衝撃によって、深い闇へと落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、アマルティオ大陸は消滅した。

 

事前に避難していた人間たちが、新たな大陸で1から生活を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、長い時間が流れた………