「…私はシェーロ。よろしくね」

 

正座をしてベッドの上に座り、ほほえみながら小首をかしげて少女…シェーロはいった。

 

ズキッ…

 

その微笑みを真正面から受けたクレルは、心臓が痛むのを感じ右手で抑えた。

 

「な…なんで…ってか俺に用があったのか?」

 

クレルは胸の痛みを誤魔化すかのように早口で聞いた。

 

「うん。だって、あなたが……私を起こしたんでしょ?」

 

「起こす…まあ、そうだな」

 

「だから、私の持ち主はあなたということでしょ?」

 

「いや、持ち主ってなに?そもそもシェーロ、君は何者なんだ?」

 

シェーロはクレルとの会話を続けながらベッドの上で正座から姿勢を崩してぺたん座りになり、うーん…とのびをした。

 

「私は…わた…し……?」

 

伸びの姿勢で、ピタッと虚空に視線を向け固まった。まるで機械がフリーズしたかのように。

 

「そう、何者なんだって」

 

「…分からない」

 

クレルはえっ!と驚いた。

驚きつつも、ふと頭に、前日ストルから伝えられていた今日の集合時間を思い出して、時計をちらりと確認した。

まだ、時間的に余裕がある。

 

「分からないって、記憶喪失か」

 

伸びの姿勢をやめ、ふるふると首を横に振る。

 

「違う…覚えてる…ううん、知ってる?覚えているわけじゃなくて、知ってるんだと思う」

 

クレルは、彼女が何をいっているのか分からない。しかし、ここに来た理由はどうであれ、シェーロはかなり|訳《・》|あ《・》|り《・》だということは直感でわかる。

 

「よくわらんなぁ。どうしてここに来たのかは覚えてる?」

 

「それは…多分、あなたが…」

 

「俺が?」

 

クレルはずっと立っているままだったのでそろそろ座りたくなってきた。なので椅子のある方へと移動して、その椅子を引っ張りシェーロの座っているベッドの前に持ってきて、向かい合うように座った。

 

「うん。あなたが、私を呼んだ」

 

「いや、呼んでないって」

 

「でも、私がここにいるのは呼ばれたから」

 

そう言われたところでクレルに思い当たることはない。

 

「呼んでないって」

 

「違うよ?」

 

突然、言い合う2人の目があった。すると、クレルはシェーロの真剣な目に意識がとらわれる。

その視線は、先程からの話に真実味をもたせてくるため、クレルは思わず息を呑んだ。

 

「そうか、なら……」

 

「私は今、生まれたんだと思う」

 

「うぇ?」

 

「多分、そう」

 

「うーん?」

 

さっぱり意味が分からずクレルは首をかしげる。

 

改めて、クレルはシェーロの話を思い返してみた。

昔の記憶があって、自分のことが分からない、シェーロはクレルの持ち主で、そして|今《・》、彼女は生まれたという。

 

もし本当であれば、シェーロが来た理由はクレルの方にあるはずだ。

昨日、何かあったか…?

訓練が終わって…

挨拶して…

博士の研究室に連れてこられて…

 

そして……水晶を受け取った。

 

クレルはハッとして、どこかに消えた水晶を探すために視線を動かした。

 

確か、寝る寸前までは手で持っていたはずだ。

 

「どこだ…⁉」

 

シェーロの座っているベッドの周りを動き回りいろいろな視点から見回す。

しかし、

 

「ない…」

 

さらにベッドの下や、近くの机なども確認をするが、やはり水晶はなくなっている。

 

ならば、シェーロが突然ここに現れた理由は…もしかすると……

 

「シェーロが、水晶から現れたってことか?」

 

恐る恐る、クレルは机の方からシェーロへと視線を移動させると、相変わらずぺたん座りでベッドの上にいるシェーロと目が合った。

その結論を出して、改めてシェーロをじっくりと観察してみると、なるほど確かにグランティオ大陸では見たことのない神秘性のある服を着ている。

 

「そう…あなたが、私を作り出して、|顕現《けんげん》させた」

 

ゴクリ…とクレルは息を呑む。どうやらクレルの推測は合っていたようだ。

それならば、今まで彼女がいっていたことは納得がいく。

 

「そりゃ、今生まれたってことなら記憶がないのも当然だよな…あれ?なんで喋れるんだ」

 

シェーロが本当に今生まれたというのであれば、生まれたての赤ん坊が言葉を知らないように、彼女がクレルと会話をすることができないはずである。

 

「それは、さっきも言ったよ?私は私の記憶を知ってるの」

 

「へぇ…」

 

クレルはいくつか引っかかる事を感じたが、そこまで重要には思わなかったので無視することにした。

 

「そういえば、あなたの名前を知らない」

 

あー、とクレル。思い返せば自身の名前を彼女に紹介していなかった。

 

「俺はクレルだ。アディア軍の兵士」

 

帰ってすぐに寝てしまったクレルは今も軍服を着ているため、それを示すようにバンッと拳を胸に叩きつける。

 

「アディア…?」

 

シェーロはキョトンとしている。アディアという単語を知らないようだ。

クレルは驚いた顔になり、

 

「おいおい、記憶はあるんじゃなかったのか?」

 

シェーロはふるふると首を横に振った。

クレルは驚いた表情で「マジか…」といい、

 

「アディアはな、この国の名前で、この街はカルボといって、アディアの首都になる」

 

「ああ〜。そうだったんだ」

 

興味津々といった表情でさらなる説明を待っているので、クレルは調子づいていき、この世界のことを説明した。

大陸は5つあること、そのうち4つに人が住んでいること、それぞれの名前を「カラスティオ」「オリシティオ」「ゼクスティオ」「グランティオ」そして、

 

「で、人の住んでいない大陸の名前は、アマルティオって言うんだ」

 

「アマルティオ…?」

 

「ああ、どうした?」

 

一瞬目を見開いて反応を見せたが、やがてふるふるとシェーロは首を振って、「なんでもない」と返した。

 

クレルはそれを追求することはせず、話を先に進め、最終的に戦争状態であと少しで負けそうということまで話した。

 

「そうなんだ……よっと!」

 

シェーロは神妙な表情を崩し、ベッドの上から軽いジャンプで降りて立ち上がった。そしてクレルの手を握り、引っ張って彼も立たせる。

 

「じゃあ、私、街に行ってみたいな!」

 

「うーん、ああ、時間は余裕だな…うおっ」

 

手を繋いだままだったので、そのままシェーロはクレルを扉のところへ引っ張っていく。

 

「行こ!」

 

扉を開けると、すぐに外につながっている。この家はかなり簡素な家とないて、そんな簡素な家が横にずらりと並んでいる。なにせここは、軍の兵舎なのである。

 

まだ朝早いのでオレンジ色の太陽はなく、全体的に青々とした景色が広がっている。

 

「わああ、ひろーい」

 

その景色を見て、シェーロは笑顔を浮かべて感動した。

 

ちなみにここはアディア首都のカルボの端っこに位置する巨大な訓練施設に隣接する訓練兵用の寮だ。

 

部隊配属に伴ってここから出なければならないため、はじめから設置されていたベッドや家具類を除き、クレルの私物は既に玄関に置かれた軍標準バッグに入れられている。

 

クレルはシェーロに引っ張られながら、そのリュックを素早く拾い、玄関横で止まり景色に感動している彼女の横に立つ。その手は変わらずに繋がれたままだ。

 

そう、手を繋いだまま。

クレルがそういうシチュエーションになれている訳ではない。急な出来事過ぎて慌てる動作すら忘れているのである。そして、今、突如としてそのことに意識がいくようになってしまった。

 

「…?」

 

クレルは目を見開き、感動しているシェーロの横顔を見つめながら、このシチュエーションに大した緊張を抱かないことに疑問を抱く。

どうやら、自分は意外とこういうことに耐性があるようだと自分で自分に感心を覚えた。

 

「みてみて、まだ朝日があんなところにあるよ!」

 

興奮した様子で日の光がまるで届かず、力強さを一切感じない太陽を指差すシェーロ。

 

「ああ、そうだな。じゃあ、とりあえず街に行くか」

 

「うん!」

 

2人は横並びで首都カルボの中心部へと向かうのであった。

 

―――――――――――――――

 

「これがレクスドーム。カルボが首都である理由みたいな建物だな。ここに、アディアの最高指揮者のレクスがいるんだ」

 

「へー、おっきいねー」

 

レクスドーム、それは大きな城であった。形としては、どちらかというとビルに近い。周りの建物は2階が限界の一軒家がほとんどの中、何10階層に及ぶこの建物が威圧感を携えて存在している。

 

大きな家がほとんど存在しない世界のため、遠くからレクスドームを見ることは可能であるが、やはり間近で見るのと遠くから見るのとでは、その身に感じるものが大違いだ。

 

とにかく、正面入口から見るレクスドームにシェーロは感動した。

そして彼女は、後ろを振り向いた。レクスドームから、街を1直線に大通りが伸びている。

 

「あんまり活気がないね」

 

少し寂しそうに、シェーロは言う。確かに、だだっ広い大通りには、人がチラホラといるだけで、賑わっているとは言えない。

 

「ああ、戦時中だからな。でも、店は普通にやってるはずだから、楽しめる場所はいくつかあるぞ」

 

「ほんと⁉」

 

ここに来る過程で、2人で手を繋ぐことはやめている。

なので、シェーロはクレルの言葉を聞いて嬉しそうに跳ねた。

 

「ああ、あ、でもまだ早いからやってないか…」

 

というか、戦時中が理由ではなく、単純に早すぎて店がやっていないため活気がないのではないだろうか。

 

「え⁉そんな…」

 

そうだなぁ、とクレルは頭を悩ませた。寮からここに来るまでにそれなりに時間を使っているが、早朝とはいかないがまだ朝の中でも前半だ。店はやっていないところが多い。それに、ここに来るまでにかけた時間同様その分歩いているため、これ以上ウロウロするのも|億劫《おっくう》というもの。

歩くにしても、何かしらの目的が欲しいというのがクレルの気持ちであった。

 

「でもやっぱり、やってなくてもいいから歩いてみたいな」

 

「…まあ、そうだな」

 

街を歩きたいと言っていたシェーロ、クレルも街を案内するつもりであった。歩くのは仕方がないと割り切ることにして、2人は大通りの真ん中を並んで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェーロが知っている記憶って、どんなことなんだ?」

 

寮からここに来るまでは、街の紹介ばかりをしていてこういった大事なことを聞かないでいたが、いよいよ切り出した。

 

「ん?そうだね…そんなにしっかり覚えてることはないんだけど………魔法の使い方ぐらい?」

 

「魔法か…確か水晶の力で使えるようになるとか言ってたような」

 

シェーロは右を見たり、左を見たり、前を見たり、後ろを見たり、せわしなくキョロキョロとしている。まるで初めて外に出てきた子供みたいだ。いや、子供じゃないというだけで実際そのとおりなのだが。

 

「あれは何?」

 

シェーロが指差した場所は、大きな金属の筒が設置されている建造物であった。銀色で、錆は見られない。

 

「ああ、あれは電池だよ」

 

「電池?」

 

「そう、所々電池を設置して、各家庭に電気を供給しているんだ。ほら、あれが電送車」

 

丁度、クレルたちのすぐ横を車が通り過ぎていく。その車の荷台には、先程の大きな銀の筒が、1本並べられている。

 

「朝だから、丁度交換してたな。ちなみに、車も珍しいもので、これと、あとは軍くらいでしか見れないぜ?」

 

車は一般家庭に普及していないからな。と言いながら、過ぎ去っていく電送車を見つめる。

 

「すごい!面白いね」

 

「ああ」

 

シェーロは楽しそうに笑っている。

 

「大昔には、なんか地面から掘れる燃料で動いていたらしいけどな、今は全部電気で動くんだ。これも、レクスの指揮した結果だな」

 

「へえー。そんなすごい人なら、会ってみたいな」

 

はははは!とクレルは大げさに笑い出した。

 

「それは無理だよ。相手はこの国で一番偉い人だ。あー…でも、俺たちが戦闘でめっちゃ活躍できたら可能性もなくはないか」

 

「じゃあ、すごく活躍すればいいんだね」

 

ぐいっ、とシェーロは近づき、力強くそういった。お、おお…とクレルは1歩後ろにたじろぐ。

そしてそのまましばらく経ってもとの2人で横並びの状態に戻った。

 

 

 

 

 

それからは、ただの雑談をしていた。時間が経つにつれて店がぽつぽつと開店してくるので、それを1つ1つ見たり、入ったりしていた。

 

 

そして、ストルの言っていた集合時間になるのであった。