4つの大陸でこの世界は構成されている。

「カラスティオ」は南

「オリシティオ」は西

「ゼクスティオ」は北

「グランティオ」は東

他にも島はあるが、多くの人が生活していて、国家が存在しているような大陸となるとこの4つに限られる。

ある日、4つの大陸にある国のすべてを、1つにしようとする試みがなされた。

しかし、オリシティオ大陸を支配していた、「アディア」という国が途中で裏切ったことで、グランティオ大陸の「オリコス」という国と、「アディア」の2勢力に分かれた戦争が勃発した。

 

アディアの勢いは凄まじく、グランティオ大陸以外の3大陸すべてを手に入れ、さらにはグランティオ大陸の6割近くを奪われてしまい、オリコスは窮地に追いやられ、もうアディアの勝利が確定されているも同然の戦況であった。

 

 

 

 

 

そんなご時世のオリコスにて今日、兵士の訓練を終えた新兵3人が、とある部隊に配属されることになったのである。

 

「君たちにはですねぇ…こちらを装備してほしいです」

 

眼鏡、ボリューム満点のボサボサ頭、細身、猫背、そして白衣を着ている、いかにも博士といった風貌の男が、片手にすっぽり収まるような大きさの水晶を新兵達に1つずつ手渡した。

 

「これは?」

 

横1列に並んでいた新兵3人のうち、向かい合って左側にいる青年、ラークがそう聞いた。

 

「えぇ…これは…今までの武器とは比べ物にならないほどに素晴らしいものでしてねぇ」

 

その先を喋ることはせず、新兵3人から離れた場所で大量に紙が散らばっている机の上を博士は漁っている。

 

 

そしてそのままガサガサという音が辺りに響くだけの時間が過ぎていく。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

バン!

 

新兵たちのすぐ後ろの扉が勢いよく開かれる。

 

カッカッカッ

 

そしてその扉から、姿勢正しく凛々しい雰囲気を醸し出して現れる女性が現れる。そのまま新兵3人の前に、堂々と立った。

 

「新兵諸君、1年間に渡る訓練ご苦労であったな。ラーク、リアン、クレル。お前たちは、他の者達と違い少し特別だ」

 

女性は、左から順番に新兵3人の名前を呼んでいった。

ラークはさっき出た青年だ。

リアンは、真ん中にいる少女だ。

クレルは、右にいる青年である。

3人共、だいたい18歳前後で、若々しい。体型もこれといった特徴はなく、健康的な印象を受ける。

 

「既に受け取ったと思うが……おい!もう渡したのか?」

 

くるりと足の位置はそのままに体を捻らせ、後ろにいる博士に聞いた。

 

「………ああ、渡しました」

 

「む、そうか。では…お前たちが受け取ったそれは、新兵器だ。それを試験導入するために新部隊、私の隊が構成された」

 

女性は、新兵たちの方に向き直り、話を続ける。

 

「私の名はストル、お前たちの隊長だ。そして、お前たちと私を除くメンバーは、あー…あと6…7人いる」

 

一瞬言葉に詰まるストル。詰まったせいで張り切っていた声が若干柔らかくなった。

 

「まあ、私自身、この新兵器についてあまりわかっていないが、どうやら特殊な力を入手できるようだ」

 

「わかりやすく言いますとねぇ…魔法が使えるようになるんですよ」

 

いつのまにか、博士がストルの隣に立っていて、会話に割り込んできた。彼のその手には分厚い紙束が両手で重そうに抱えられている。

 

「使い方はですね…まあ明日になれば分かりますよ…では私は忙しいので…」

 

そう博士は言うと、重い紙束を抱えたまま、スタタッと新人たちの間をすり抜け、扉を開けるのに少し手間取って去ってしまった。

 

「とにかく、明日ここを出発する。集合は正午、場所はレクスドーム前だ。身内に会うことは許されない。それと、その水晶を肌身離さず持っているんだ」

 

そうして、ストルはさきほど博士が去っていった扉に近づき、開けたところで思い出したかのように立ち止まり、その姿勢のまま首だけ曲げて横目にこちらに視線を向けた。

 

「他のメンバーは、明日集合場所で会うことになる。変わり者が多いが…もしかするとお前たちの知ってるやつがいるかも知れないな」

 

まあ楽しみにしているんだな

そう言ってニヤッと片方の口角を上げて笑い、ストルは扉の向こうへと行ってしまう。

結局、そんなに広くない博士の部屋に、新兵だけが3人置いてけぼりにされてしまった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

3人共、お互いに目を合わせ、何を言おうかと考えている。

 

「あー」

 

最初に声を発したのはラークであった。次の言葉を何にしようか考えながら、しかしなかなか思いつかない様子で、それをクレルとリアンはじっとラークを見つめて次の言葉を待つ。

 

「魔法かぁ」

 

ラークは自身の水晶を手に持ち、クレルとリアンにも見せるように胸の前に出し、じっと見つめながらそう言った。

 

「本当かな?作ったって言う事ならそれはすごいことでしょ?」

 

リアンも、自分の水晶を取り出してそう言う。

 

「軍が採用したなら本当じゃないかな。でも…」

 

「なんも感じないな」

 

クレルも水晶を手に取ってみるが自分の中に新たな力が芽生えたような感覚はない。それはリアンも、ラークも同じように感じていてクレルの言葉に首肯した。

 

「ところで、僕はラーク。父親が軍人なんだ。だから軍人には憧れてた」

 

「ん。私はリアン。うちは猟師で、子供の頃からお父さんに銃を撃って練習してたから、狙撃は得意なの。よろしくね」

 

「ええと、軍の徴兵で入った一般人のクレルっていうんだ。親父は…別に…何もない」

 

何をやってるかも知らない…小さい声でクレルは続け、顔を背けた。

クスッ、と小さな笑いが溢れる。

 

「あの隊長厳しそうだったな」

 

「うん、私達以外はみんな先輩でしょ?心配だなぁ」

 

「そうか?案外抜けてそうなところがあるような…」

 

「え、どこにそんな要素があった?クレルの見る目は分からないな」

 

初対面とはいえ、案外|和気《わき》あいあいと会話をすることができている。

 

「前線に出るんだよな…」

 

心配そうな表情でクレルは言う。それはラークもリアンもみんな同じ気持ちで、心細さがある。あまり前線の状況が詳しく街中に広がることはないが、噂はたくさん飛び交う。前線は悲惨だとか、こちら側の部隊が何人も全滅しただとか。

 

「まあまあ、僕たちが頑張らなきゃ。負けたらどんなことになるか分からないし」

 

「それは当然だけど、向こうとこっちじゃ戦力が違うみたいじゃない?ほら、敵はファルクスを大量に持ってるとか」

 

「あー、昔に栄えていた大国の遺物だっけ。レクシブなんて全く歯が立たないとか」

 

「僕はレクシブが好きだな。だって、銃と剣を統合した、近、中、遠距離対応の汎用性の高い万能兵器レクシブなんて、かっこいいじゃないか」

 

レクシブは、兵士になれば必ず渡される基本的な武器だ。剣モードと銃モードに切り替えられるのだが、大体みんな銃モードしか使わない。

 

彼らにはまだレクシブが渡されていないので、ラークは手で、あたかもそれを持って撃っているかのような動作をした。

 

「そんなに好きなんだ」

 

「まあ俺も気持ちはわかる。訓練中は使わせてもらえなかったしな」

 

訓練時に使うものは、1世代前の銃で、いわゆる一般的な、銃だけの機能を備えている代物であった。

分かりやすく言えば、ただの銃だ。

 

レクシブは一般での入手は不可能であるが、銃であれば多少の条件はあるものの割と安易に、そして安価に買えて、一般家庭でも持っている人がいるほどだ。

 

 

「そろそろ出よう」

 

「そうね」

 

博士、ストルが出ていった扉にラークが手をかけて、それを開ける。

 

暗い博士の研究室から、明るく晴れた外の世界へと飛び出したために、3人が3人共、1歩歩いたところで目を眩ませ、立ち止まった。

 

「うっ、眩し…」

 

思わず、リアンがそんな言葉をこぼして、目を腕で覆い影を作った。

 

「あー!なんか気分が晴れやかになった。あそこはなんかジメジメしてたし」

 

ラークは真っ先に外の明るさに対応し、すうぅぅ……、と両手を大きく広げて深呼吸する。

 

そしてクレルは、明るさに対応しきれていない視界で街中の喧騒を見つめていた。

 

「明日集合だって言ってたな」

 

「そうね。とりあえず、ここで一旦別れましょ」

 

「そうだな」

 

3人共、お互いに初対面だ。なのでみんな|名残惜《なごりお》しさを感じることはなく、それぞれが帰路についた。

クレルとラークは、帰る場所が近いために、帰り道でほぼ一緒であったが、軽いやり取りに済んだため割愛する。

 

―――――――――――――――

 

訓練兵は普通、自宅から訓練施設に通わない。

クレルもその例にこぼれることなく、寮での生活を強いられていた。

 

強いられているとはいっても、もう1年近く過ごしていればもう、慣れ親しんだ家と遜色ない空間が完成している。

 

クレルはベッドにドスン!と座り込み、そのままバタンと後ろに倒れ込んだ。

 

「ふうううぅぅ…」

 

今日は大したことはしていないはずだが、それでもやっぱり初めてのことが色々あったので疲れたようだ。

 

独り言を言う癖をクレルは持っていないため、今この部屋はとても静かな空間が広がっている。

 

ゴソゴソと、クレルはポケットから例の水晶を取り出した。不純物は一切なく、透明で、重量もガラス玉と遜色ない。そんな見た目だから、落としたらきれいに砕けてしまいそうに思うが、しかし、なんとなくそんな程度で割ることはできないのであろうと感じ取れる。

 

 

しばらく何も考えないまま水晶を眺め続けた。やがて、体に|倦怠感《けんたいかん》を感じ始める。

 

「………」

 

まぶたが重くなる。水晶を持つ手に意識がいかなくなる。眠い…

 

ポロッ…

 

手元にあったはずの水晶がない、どこかに落ちたのか。しかしクレルにはそんなことに意識を向ける気力がない。

目が開かなくなってくる…考えることができない。

 

でも、そんな中でもクレルは、この眠気を異常だと感じていた。まるで体中のエネルギーをすべて抜き取られているかのようだ。

 

しかしクレルはそれに対処できなかった。意識が落ちてしまうまで秒読み段階だ。

 

 

 

 

やがて、クレルは、深い眠りにつくことになった。

 

―――――――――――――――

 

…ぼんやりとした意識の中でクレルが目を開けると、まず見えたのは薄明かりの世界だった。

その景色から時間を予測すると、おそらく早朝であろう。

 

壁にかけられている時計で時間を確認しようとクレルは体を起こし……

 

「すうぅぅ…すうぅぅ…」

 

「………」

 

右側から寝息が聞こえてくる。

 

クレルはベッドに座った状態からバタンと倒れたため、枕がある側に本来寝るべき方向ではなく横向きで眠っていた。左手側にスベースはないので、左手は体のすぐ横に置かれていたが、右手は横に大きく広げていた。

 

そして今、クレルの視線はその投げ捨てられた自身の右手に向けられていた。

なぜなら、そこにはあったのは自身の右手を両手でしっかりとにぎりながら丸まって寝ている女の子がいたのだ。

 

「………」

 

クレルは混乱していた。右手が握られているために、うかつに動かさないようにしながら、その女の子の表情が見える場所に体を捻らせる。

 

「おっ…」

 

クレルとそんなに変わらないであろう18前後の見た目に、可愛さの中に美しさも見え隠れする。そんな印象を受けた。

 

ど、どうしよう…起こすべきか?

 

そう思いつつも彼女の様子を見ていれば、穏やかな寝姿に起こすのを躊躇ってしまう。

 

 

 

 

「んん…」

 

ぱちり

 

目があった。しかも長くない右手の範囲内で動いていたクレルだ。そのためお互いの距離が非常に近い。

 

 

「………」

 

「………」

 

クレルは固まった。

一方、女の子はそのことに特に反応を見せず、ゆっくりと寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。

クレルの手から離れたので、クレルはベッドから立ち上がり1歩離れた。

 

「…おはよう」

 

「お、おはよう」

 

まだ寝ぼけているのであろうか。焦点の合わない視線でクレルを見つめている。

 

「………はっ!私、どうして」

 

「どうしてここにいるんだって質問だったら俺も知らねぇぞ?」

 

「どうして寝ちゃったの」

 

「え?いやぁ…」

 

「あ!」

 

女の子は慌ててベッドの上で正座になおした。そして、真っ直ぐにクレルを見つめる。

クレルも、その目線を向けられて姿勢を正しくして立つ。

 

そして、

 

「…私はシェーロ。よろしくね」

 

小首をかしげて柔らかくほほえみながら、女の子…シェーロはそう言った。