白いトイプードルと十八年ほど一緒に暮らした。

優しい牝犬で四匹の仔犬を産み、見ていていじらしくなるほど、よく世話をしてみんな元気に育てた。

動物の本能は素晴らしい。

ほとんど家の中で過ごしたが、二階へ上がって娘たちの部屋へ行ったり、ベランダから屋上へも上がり、さつきの鉢のあいだを走ったりしていた。

何年かたって目が悪くなると、獣医から、人間の白内障の試薬を試したいと言われて協力した。

子宮蓄膿症で手術をしたときは、麻酔や輸血などで二十数万円かかってびっくりした。が、なんとか無事に老犬となった。

 

 ある日、目が見えないのに、どうしたわけか、玄関から外へ出てしまったらしい。

たぶん近くでうろうろしていたのだろうが、いない!とわかって娘が騒ぎ出した。

どこへ行ったのか、帰って来るのか?「お母さん、占ってみて」と頼まれた。

 

 何と占えばいいかと考えて、東西南北のどこにいるか、と易を立てた。

すると西北に「火山旅五爻」が出た。

意味は「一矢を放って獲物を得る」手を打てば帰って来るのだ。

旅はどこかへ行っても家に戻るのが普通だ。

もっとも病人を占って火山旅上爻が出れば、あの世へ行ったきりと言うことになるが。

 

 娘はすぐに写真付きで「尋ね犬」のチラシを作ってコピーし、主に北西方面へ貼りに出かけた。

北西には大きな警察署もあり、その前の電柱にも張ってきた「尋ね人」なら警察署の中に入って頼んだろうが。

 

 翌日、電話がきた。警察署からだ。

「耳に小さい紫の飾り付いてますか?」

あっと思って、

「そうです。うちの犬です」

と娘と一緒に大判タオルを持って、大喜びで迎えに行った。

地下室から首をつままれ、ダランと力なく吊り下げられた愛犬が現れた。

名前を呼んでも反応なし。

ほかの仲間にひっかけられたのか、臭くて鼻がおかしくなった。

若い職員が吊り下げてきても仕方がない。

ありがたく受け取って返り、シャンプーして乾かすと、やっと犬心地がついたのか、尻尾を振って元気になったが、歳のせいか寝ていることが多くなる。

もう長くは生きられないと思った。

 

 心配しながらも、以前から予約していたカナダ旅行へ一週間ほど娘と出かけた。

犬は夫が世話をしていたが、帰宅すると意識もなく、ぐったりしている。

すぐ、動物病院へ連れて行くと、注射をしてくれて、一時は元気になったものの、翌朝息を引き取った。

私と娘を待っていたかのように顔を見つめ、最後に名前を呼ぶとピクッと目を開けたけれど、すぐ力なく閉じてしまった。

その日はアイルトン・セナが事故で他界した日だった。

 

 犬の命は短い。悲しくても別れは確実にやってくる。

火葬して納骨したが、いなくなると、楽しかった思い出ばかりが胸に浮かぶ。

 

 その後は長いあいだ犬を飼おうという気持ちになれなかった