makiberryの部屋



今日ようやく、断水から解放されました。

ただ、明日はどうなるかわかりません。


特に、水道・ガスは使えなくなって、初めてわかる状況

朝使えても、夜には使えない、そんな感じが続いています。


我が家のバスタブは、大切な貯水槽となっています。

水道・ガスは、家事に欠かせず、使えるときにできることを

やっておかねばなりません。

その日、その日を乗り切って、一日が終わる、そんな感じですが

今日のところは、生活用水を運ぶ作業がないだけで

随分楽です。


画像は、うちから歩いて10分にあるところです。

所用あって、海側に歩いて間もなく、見慣れた街の変貌ぶりに息をのみました。

東北地方の酷い惨状の比ではありませんが、こうして街のいたるところに

地面が隆起したり、陥没したり、車道も歩道も泥が堆積して

あるいは、泥の川になって、かつての美しい整備された街並は

すっかり形を変えてしまっています。


何といっても、街が色を失ってしまっています。

まるで、灰をすっぽりかぶってしまったかのように

砂埃が舞って(泥が乾いて飛散)しまって、辺りは霞みがかっています。

人通りはあるのですが


街が死んでしまっている


と思いました。


災害地への援助に、(必要かどうかわからない)物資を闇雲に送るのは

やめた方が良いという意見もあります。確かにそれはそうかもしれません。

でも、うちの周りの、スーパー、コンビニは、棚と言う棚に、商品がありません。

物資が圧倒的に不足しています。水も不足しています。


冷凍コーナーに何が陳列してあるのかと思えば

おでん用のプラ容器に、水をいっぱいに張って、氷にしてありました。

どう見たって商品ではないでしょうが、これだって災害時には大切な物資と

なり得ます。


東京に隣接している、私の街は、東北の比ではないまでも

被災した都市のうち、被害の大きかった街の一つでした。

計画停電が予定されていたのに、この段で見送られたというのは

知事や市長の東電への要請によるものと、今日になって分かりました。


でも、モノが無い中でも、雨風しのげる自宅で暖もとれるし、食事も睡眠もとれます。

自分よりもっと厳しい現状と、悲しみの中で、生きている人たちが

大勢いることを思うと、それ以上もう何を望むか、という心境です。

壊滅的な被害に合われた方にしてみれば、命があるのに何を望むかという

ことになってくる、そういうことなんじゃないかと思うのです。


毎日、明日はどうなるのかと、不安になります。

でも考えても明日はやってくる。

被災地の方は、眠れぬ夜をお過ごしだと思います。

その不安を測り知ることは、容易ではありません。

でもそれぞれに、夜が明けたら、朝はやってくる。


皆、その日その日を生きるしかない、明日はどうやっていこうか

そんな思いなのだと思います。

同じ日本という国に生まれて、同じ時代を生きているこの国の人々が

笑顔で明日を迎えられるよう、明日は無理でも、この先いつの日か

笑って暮らせる日がくるよう、絶望の中にも、わずかな希望を持って

いくしかないのかもしれません。