廊下の向こうから誰かがやってくる


〘櫻井さん!いらっしゃいますか?〙

看護婦さんが呼んでいる。


お祖母さんのこと?

『あ、はい!』

〘すぐに、集中治療室に来てください。お一人ですか?〙

『あ…はい。今は…』


看護婦さんが早足で進む

不安で不安で仕方がない、、

何が起こったの?

今、何があった?


一生懸命ついていくと

‹智くんっ!›


背後からバタバタと走る音に

足を止める

誰かが僕の名前を呼んだから


『お父さんっ!』

嬉しくて思わず駆け寄ると、

お義父さんに抱きついてしまった。

翔のお父さんだけど、すごくホッとした。


‹智くん。居てくれてありがとう。さぁ、落ち着いて…›


集中治療室の手前の部屋で

紙の白衣と帽子を渡された。

躊躇いもなくお父さんが、お祖母さんの元へ行く

これから起こることを考えると…

怖い怖い怖い………



中には2人の看護婦さんと、先生がいた。

〘意識はありますが、血圧が下がっています。〙

でも、お婆さんは目を瞑っていて…まるで眠ってるようだった。


〘櫻井さん、息子さんとお孫さんが来ましたよ〙

先生がお祖母さんに呼びかける。



心臓が聞こえるほどドキドキしてる。

泣いちゃいけない

それは、翔くんの役だもの

お祖母さん…翔くんが来るまでは頑張って


‹お母さん、わかりますか?俊です。›

冷静なお父さん

お祖母さんは、うんと頷いた。

‹智くんも居ますよ›

そう言うと、お父さんは僕をお祖母さんの近くに寄せた。

そっと手を握る。

温かい……


“智…”

お祖母さんの声

『なに?ここにいるよ』


“私の…孫に…なってくれて……ありがとう”


思いがけない言葉だった


涙声がバレないように

『お祖母さんっ!僕ねお父さんのプロジェクトのスポーツ施設のデザインが採用されたんだ…出来たら一緒に見に行こうよっ!ね?』

明るく言えた…、


“それは……良かったわ……皆で行きたいわね”

『約束だよ』



それから、少し呼吸が荒くなっていく



‹お母さんっ!しっかりしてくださいっ›

お父さんの呼びかけに

やっと聞こえたのは


ありがとうの言葉……


お祖母さん!僕そこありがとう…

あなたの孫になれたこと

幸せでした。


‹お母さんっ!›



それまで弱く波打っていた心電図が

真っ直ぐな線になっていった……




〘午後10:16分。お亡くなりになりました。ご愁傷さまです〙

先生が時計を見てそう言うと

‹ありがとうございました›

お義父さんが頭を下げる。


言われたくなかった言葉

なんで?ありがとうなの?お義父さん…

お祖母さん……亡くなったんだよ


看護婦さんたちが、お祖母さんの体から心電図を外している。

手を握った

まだ、温かい……

まるで、彼女の性格みたいに穏やかに

…静かに

眠るように息を引き取った



『お祖母さん…早いよ…翔くんは……』


お義父さんが、お義母さんに連絡している。

ごめん…翔くん…

お祖母さん、しょおが来るまで生かせられなかった…


立っていられなくて、膝から力が抜けた


〘暫く、外でお待ち下さい。〙



‹わかりました。智くん、一度出よう…›

お義父さんが立たせてくれた。


ゴメン…しょお……

もう、泣いても良い?

待っててあげたかったけど…


我慢が出来ないんだよ

うぅ……

泣きながら

外の椅子に座って、僕達は

お義母さんと翔が来るのを待った。

 


お義父さんのが辛いのに、泣き続けるぼくの背中を擦ってくれた。

だけど、その手は優しくて

温かくて…まるでしょおが、ぼくの背中を擦ってくれているのと同じに思えた。

だから、酷く高ぶっていた気持ちが、ゆっくり溶けていくのを感じられた。



落ち着いた頃を見て、お父さんは病院の自販機で買った珈琲を

‹はい。喉が乾いたでしょう?›って

僕に差し出したんだ。


『ごめんなさい…お義父さんのが、ずっと辛いのに…』

お義父さんは、何も言わずにぼくの頭をポンポンしてくれた。


«あなたっ»

それから翔くんのお母さんが来た。

2人とも、言葉を交わさなかった。



〘櫻井さん、お待たせしました。中にお入りくださいください。〙


さっきの部屋から看護婦さんが出てきて、身支度が整ったことを伝えた。


«智さん?»

一緒に入らないの?と言いたげなお母さん。




『僕は……ここで翔くんを待ちます』