頭蓋療法ヒーリング4
週末、ちょっと早いけど海で浜遊びしてきました。まだ風は涼しくて、日差しもクリア…浄化!って感じの海でした。頭蓋療法ヒーリング続き>今までそんなこと思ったことはなかった。ーーーーここはちょっと説明が必要です。夫は私の容姿をネタにしますが、容姿が私にとって本当にコンプレックス、というわけではありません。確かに夫と並べば足も短いし顔もデカいわけですが、それは夫が恵まれ過ぎているからで、私はまぁ人並みというだけです。今までの人生、容姿が原因で損した、とか自信がもてなくて、という明らかなディスアドバンテージを感じたことはありません。得したこともないですが(笑)。だから私にとって容姿はいわば暗黙の防線、「ここまでならイジってOK」ラインであると言えます。これで私が本当に激怒したり塞ぎ込んだりすることはないだろうと、そういう暗黙の了解があったわけです。だからこそ夫も私の容姿を安心感をもってネタにしてきたわけです。でも実はそうやってネタにされることで、私は深く傷ついていることに、急に気がついたのです。ネタにしているのは夫ですが、正確に言えば、それを許しているのは自分です。NOと言わないことで、自分で自分を傷つけている。いや、少し違うのかな。現在進行形で傷ついているのではなく、そうした行動パターンによって自分でも認識できていない、何かよくわからないものを守っていたのです。でも、今もうその必要はない。守っていると思っていた、その何かはもうここにはない。私は何をやってたんだろ。思ったのとほぼ同時に私は行動に出ていました。すぐさま夫にメールを打ちました。「人の容姿を笑いの種にするのはもうやめてほしい」実際はもう少し枝葉がありますが、要はそういうことです。今までニコニコと自虐ネタに付き合って来た妻から、伏線もなくいきなりこんなメールをもらった夫の、その時の実際の感情はわかりません。びっくりしたでしょう。すぐさま返信がきました。「ゴメン」「以後気をつけます」かなり驚いている、と思いました。なんだ今更、と思っているかもしれません。メールしながら、私は驚く程冷静でした。いつも夫に異議申し立てするときは、メールでも感情的になり頭に血が上り動機が早くなって、軽いパニック状態になることを自覚していましたが、この時は、まぁ…このくらいは言っておくかな、と言葉を選び手短かな文で送りました。具体的な感情はあまり湧いてきませんでした。よく考えたら怒るべきでしょ、ここは、という程度。あぁ、あの時洗面器の中に出して来たんだ、と思いました。ベッドに座って抱えていた洗面器です。やっぱり出てたんだ。施術を受けた日にやたら眠かったのは、やはり体が「大モノ」の排出プロセスにあったからなのかもしれません。今が排出の最終段階で、今まさに「アレ」が外部化されたのだと思いました。これが、頭蓋療法の特殊性なのか…。…凄いヒーリングです。出てくるまで、その存在すらキチンとは認識出来なかった深い深い感情。認識できないのは、自分とあまりに分ち難く結びついていたからだろうと思います。切ないのは、それはおそらく幼い私が自分を守る為に必死で編み出したライナスの毛布で、だからこそちょっと変わったやり方でなければサヨナラはおろか洗濯することすらできなかったのだということです。そうやって私は何を守っていたのかな…。この一連の出来事をきっかけに、何かというと自虐ネタに自らを晒してしまうという、自分自身の傾向についてかなり自覚できるようになりました。そのルーツは幼少期に遡るでしょう。頭蓋療法は定期的に受けて行こうと思うので、その経過も書いていきます。