昨夜、またパソコンちゃんが壊れてしまったのです。

 

子供が使っている時に。

 

そして今朝、いつもは寝坊な彼が朝早くから起きてきて、スマホで調べながら色々やっていましたが、ダメなようでした。

 

 

そして少し時間が経って、私がまあダメもとでやってみようと、それでも心の中でパソコンちゃんに「大丈夫だよ~。開けるからね~。」と話しかけながら開いてみたら、普通に開けた!

 

 

ついに、エスパーまき覚醒か?!

 

子供もびっくりしていました。

 

 

猫を目指したはずが、エスパーに?!

 

真相は分かりませんが。

 

とにかく、「もの」は人と同じように愛情を持って、大事に使いましょうと思いました。

 

今日も動いてくれて、パソコンちゃん、ありがとう!

 

 

さて、「猫」を目指し始めた私ですが、そもそも人前ではあまりに「犬」っぽい私であり、このブログでも何度も「自由にふるまいたい」と切望していたではありませんか。

 

でも、美容師さんが「猫っぽい」と言ってくれた通り、ちょっと気を抜くと「猫性」は出ちゃってるのです。

 

つまり、リラックスしていれば「猫」になれるのです。

 

 

ちょっとここで、私がどれだけ人前でリラックスしていないか、つまりどれだけ「自分」をがっちり保ち過ぎているかが伝わるエピソード?がありますのでご紹介します。

 

 

私はもともとお酒にはあまり強くなく、子供を産んでからはほとんど飲めなくなりましたが、若い頃は普通の付き合い程度には飲んでいました。(「飲みニケーション」が推奨されていた時代です)

 

2回くらいですが、次の日二日酔いで一日寝込むくらい飲んだこともあります。

 

 

なのですが、私はお酒で1回も「記憶を無くした」ことがないのです。

 

これは「意識を失う」ということではもちろんなく、酔った時の「自分の言動を覚えていない」状態です。

 

この状態は、周りの皆に聞くと、そこまで飲まなくても割と普通になる状態のようです。

 

でも私の場合、どんなに飲んだ次の日でも、前日の自分の言動は(もちろん他の人のも)しっかり覚えています。

 

 

多分、お酒に強い人は体も意識もしっかりしているのでしょうが、私のように体はすぐやられるのに、意識だけがクリアな人っているのかな。

 

「気分」は良くなるんですよ。「前頭葉」の抑制が取れるってやつですかね。

 

楽しくて開放的でますます人懐こくはなるのです。

 

でもどうしても「自分」が常にある。自分を客観的に見ている「自分」がいるのです。

 

 

そして、「アルコール」だけでなく「薬」も私の「自意識」(?)には効かないみたいです。

 

 

私は、ごく初期の段階の流産をし、手術を受けたことがあります。

 

その際「静脈麻酔」をしたのですが、「すぐに意識がなくなりますからね」と言われていたのに、全然なくならないのです。

 

でも体の方にはちゃんと効いていたみたいで、痛みは感じなくなり、体も動かせなくなった(声も出せません)ので、「意識」があることを誰にも伝えることが出来ず、手術は始まりました。

 

「まじかよ」と思いましたが、痛くもないのでしょうがなくそのまま受けました。(っていうか意志を伝える手段もない!)

 

スタッフの方々がしゃべっている声も聞こえるのです。

 

結構気楽な、和やかな雰囲気で、「想像したのと違う」と思ったのを覚えています。

 

 

アルコールも麻薬(まあ「麻酔」は「麻薬」の一種です」)も効かない恐るべき「自意識」。

 

我ながら自分の自意識に、並々ならぬ「根性」を感じます。

 

 

あれ?

 

「アルコール」と「麻薬」ってどっかで聞いたような・・・。

 

そうです。

 

私が自分の「前世」かも?と感じた、「アンデス文明」の「生贄」です。

 

やっぱし私、今生では「生贄」にならないために、「アルコール」と「麻薬」に反応しないように頑張っているのでしょうか。

 

 

どうしたってなくならない私の自意識。

 

これでは、人前で「猫性」を発揮することも、恋をして「自分を忘れること」も難しそう?!

 

 

 

 

それではまた。