麻酔が覚め、腹部の痛みで頭が冴えて来ました。覚醒と言う言葉が当てはまるかな。
頭の中で、看護師さんの硬膜外麻酔は無しにする・・という言葉が脳内を反芻するも、そんなに耐え難い痛みではないと思いました。
女性は痛みに強いのかな。
この痛みが麻酔無しの痛みなのかあ~と妙に冷静な自分にビックリしました。

再び、先ほどの看護師さんが来ました。
なんだか涙目になっています。そして最敬礼して「さきほどはすみませんでしたっ!あの場で麻酔のことをお伝えするべきでは
ありませんでした。師長に叱られました。申し訳ございませんでした」と謝るので、
大丈夫です。麻酔無しでもなんとか耐えられそうですから。と伝えました。
だけど次回は、もっと早く、朝とかでもいいから早く患者さんと相談してくださいね。私は軽くパニくりましたからと笑って言いました。
相当、師長さんに怒られたのでしょうか。
痛みには個人差があるので、私は大丈夫だったけど無理な患者さんも居ると思うので、それはちゃんとしてもらわないと困りますね。
三時間位ぐっすり眠ったら元気になりました。

身体にはマジックでみぞおちから恥骨の辺まで、マジックで線が引いてありました。
もし、リンパに転移していた場合はマジックの線にそって開腹する予定だったそうです。
実際にはへそ下から恥骨までで、今はもうだいぶ切った傷は薄くなりました。
温泉は気にせず入れるくらいです。結構長く切っていますが年月経つと目立たなくなるものです。
術中に組織検査をしたそうで、退院の前に先生からお話があると言われました。

次の日には歩く練習をして順調に回復しました。
退院の前の日に、先生から検査の結果を聞きました。
子宮体がんと言われていましたが、詳しい結果は「子宮肉腫」「がん肉腫」だと言われました。

覚悟はしていましたが肉腫と言う名前は、サインはVのジュンサンダースの「l骨肉腫」しか知らなかったので(笑)
年がわかりますよね(汗)
ショックというよりも何だか???という感じでした。
詳しく説明を聞きましたがどうもピンと来なくて・・・

良くないがんだという事はわかりました。先生は抗がん剤をやるのが標準治療ですがやりますか?と言われました。
そして、今現在は、奏効する抗がん剤は無いけど、やらないよりは・・・という曖昧な説明ではどうしてよいか返事ができません。
同い年の主治医に先生に、「先生の奥様でしたら、どうされますか?」と聞いてみました。
少し考えて、先生はやります!と言われました。
私は、それでは抗がん剤をやります、と先生にお願いしました。

退院後初回の受診で、抗がん剤の治療計画(当初は6クールくらいだったと記憶しています)6日の入院で3日間24時間点滴とのこと。
一週間あまりの入院だと家が心配でしたが、娘は高校生になっていたので家事を全部頼んだので
心配なく治療に向かうことが出来ました。

薬剤はシスプラチン+イフォマイドのIP療法と言われる抗がん剤でした。
シスプラチンはそりゃもう強い薬で「毒薬」扱いです。抗がん剤であるけど発がん性をももっている薬。
これって毒を以て毒を制すってことなんでしょうね。
投与後3日目くらいは元気でしたが4日目から、身の置き所がないような倦怠感、嘔吐感(実際は吐けない)に悩まされ
トイレに閉じこもり、便器に顔を突っ込んで過ごしました。
1クールを頑張り二週間位経った頃脱毛が始まりました。
来る!と予感して、はさみで自慢のロングヘアを自分で切った次の日から、バサバサと抜けたんです。
3日くらいでキレイに抜け落ちました。
人前にでる接客業なのでウィッグをかぶったけど、知り合いが何種類かプレゼントしてくれて
思いやりが嬉しかった~~。
そして2クールなんとか終わり、なんと予想もしなかったのですがドクターストップがかかり
これ以上治療が出来なくなりました。

骨髄抑制で白血球が1000を切ってしまうという事でした。
主治医いわく奈月さんはf副作用が出やすいタイプです、と言うのですが、そんな強い薬じゃみんなそうなるのでは?
と素人考えで思いました。
背骨に白血球の数を増やす薬を打ったけど、思うように増えなくて3クール目は断念。
その頃は本当に毎日貧血でフラフラで、駅の階段が時間をかけないと上がれませんでした。
つわりみたいに嘔吐感がとれなくて、胃になにか入ってると吐き気は治まるので、夜中も何か食べていて
抗がん剤治療で太ったって、私くらいかもしれません。
今でもがんセンターの建物をみると、吐き気がしてくるのです。
条件反射なのでしょうか・・
私はオペの痛さや恐怖よりも、吐き気や貧血が辛かったです。
肉腫のこともネットでこっそり調べて、一喜一憂の毎日でした。
娘が学校へ出かけると、一人で泣いて泣いて。
家族が帰宅すると元気を装い、娘と出かけたり。今考えると相当辛いのを我慢していたなあという感じです。
体力が戻ってくると、ネットで肉腫の患者さんのやっているブログを探しました。
当時、4~5人の患者さんがブログをやられてましたが、がん肉腫の患者さんは居ませんでした。
それでも平滑筋肉腫の方と仲良くなり、随分助けられました。    続く