2015年1月26日

1月20日に姉から電話で、食欲がないのよ、食べれないと言うので

当地名産の桜海老とシラスを送った。

気持ち悪いと言いながらも、色々話してくれたので少し安心したのだが・・・

次の日、姪のM子から電話。

具合が悪くなって、病院に行って点滴を受けたのだけど

帰って来て、ろれつが回らないんだよ・・・と。

私は、痛み止めのせいかと思っていたら次女のS美からの電話で、それが痛み止めのせいではないみたいなんだ、と聞かされた。


処置の後、姉は言葉を失っていた。

医師の話では、脳梗塞を起こしたか、腫瘍の脳転移など考えられるが積極的な治療を本人が拒否しているので検査はしないとのこと。

そしていつ亡くなっても不思議ではなく、余命2週間前後だと。

私は生きてるうちに話すために、急遽、姉に会いに行くことにした。

新幹線、高速バスを 乗り継ぎ4時間で姉のもとへ。

途中、三女のK子が東京駅から同行した。

姉は暗い部屋に横たわっていた。

三女がK子だよ~~と努めて明るい声で話しかける。

目を凝らしてみると、姉がK子の顔をいとおしそうに撫でているのが見えた。

でも言葉は発していない。

きっと耳は聞こえるだろうから、K子のことは判ってるのだろう。

続いて私が、M美だよ、大丈夫と声をかけたけど反応は薄かった。

細くなった足をさすりながら、涙がこぼれた。

ありがとう、ありがとうね、と私は呪文のように言っていた気がする。

その時、姉が笑った。

全くしょうがないわねえ、あんたは!と言うような呆れた笑いだった。

1月20日に元気で話せたのに、なんでこんな急に。

坂道を転がるように進行してしまうのだろうか・・・

しばらくすると吐き気をもよおしたのだが、何も食べてないので

当然何も出ないのだが、緑色のものを少し吐いた。

洗面器に顔を突っ込んだまま動かないので、背中をさすってやると

少し落ち着いたようで眠りについた。

1時間くらいするとまた目を覚ましていた。

手を空中にのばして掴もうとしたり、指を折って数えたり、指差したり。

たった何日かでの姉の変わりように、呆然とした。

目は見開いたまま、睨むような表情をしている。怖いよ~姉ちゃん。

その顔を見ていたら、少し怖くなって動悸がして来た。

まずいな、発作起きちゃうかも。。。

その場は治まったのだが、夜、やはり発作が起きた。

今回は30分以上心房細動の発作が続いた。

先週、姉に、心房細動のカテーテルアブレーションをすぐやりなさい!と言われたので
早めに準備しようと心に決めた。

私は体重を落としてから手術を受けるつもりだったけれど、そんなのムリだからすぐ申し込め!と(苦笑)
ホントにゴッドマザーなんです。

見舞いに来てこれじゃあ、シャレになんないよね~

でも顔見て、挨拶できたのでお姉ちゃんもわかってくれたよね。



小康状態を保っているが、果たしていつまでもつか・・・

なんせずっと絶食の上、輸液もしていなく水分もろくに摂っていない。

医師に聞いてみると、ここまで来ると水分は腹水の原因となってしまうので

出来れば点滴などはしない方が、患者本人は楽なのだそうだ。

生食の点滴をするか、皆で話し合ったが結局しないことに。

吐き気止めの注射とモルヒネのみで延命はしないとの本人の意思なので、周りの者はつらいが

尊重しなくてはいけない。