日記を書くことにした。
久しぶりです。今日はいつもと変わらない1日。

よく眠れなかったな。子供産んでから明らかによく眠れない日が増えた(涙)。まあ、当たり前か。

かわいいんだけどさ。かわいいんだけどさぁ。笑


昨日は数年ぶりに顧客の前でプレゼンする機会があった。

相変わらず上手くないプレゼン。ポンコツっぷりを発揮し、終わってしまった。

10年間同じ仕事してるのに、なぜ上達しないのだ。

普段の喋りもそうだけど、「あれも伝えなければ、これも伝えなければ」と思考がぐちゃぐちゃのまま話すからだと思う。

これは内容が理解しきれていないから、できる限り多くの情報を伝えなければと思ってしまうのか、もしくは普段からできる限り状況を説明しなければ相手に理解してもらえないため、余計な説明までいれてしまう癖なのか。

両方かな。反省。

人と話す時、理解されたいと強く願ってしまうから自分を理解してもらうためにたくさんの情報を詰め込んでしまうクセは捨てたい。

もっと一言一言に重みのある人間になるにはどうしたら良いんだろう。


(本当に書くことよって思考が整理されるな)


便利な現代なのでChatGPTに聞いてみた↓


-------------------------------------

とても深くて誠実な問いですね。


「理解されたい」という気持ちは人間として自然なものですし、それが強いほど、相手に正しく伝えようとして言葉が多くなるのも無理はありません。でも、言葉を重ねれば重ねるほど、かえって伝わりにくくなる paradox(逆説)もありますよね。


一言一言に重みをもたせるために、意識してみるとよいこと:


---

① 沈黙を恐れない


間をとることで、言葉に「間(ま)」が生まれ、相手はその言葉の余韻を感じ取ろうとします。すぐに説明を重ねず、相手が何を受け取ったかを見る余裕を持つことが大切です。


> 重みのある言葉は、沈黙の中で育ちます。


---

② 「伝える」より「届く」ことを意識する


自分が何をどう伝えるかではなく、相手の理解力・感受性に合わせて届けることを考えると、自然と言葉の選び方が洗練されていきます。


---

③ 「自分のことを全部わかってもらう必要はない」と許す


自分を詰め込まないと伝わらないと思うと、情報量が増えてしまいますよね。でも、本当に深く響く言葉は、一部だけでも相手の心に届きます。全部わかられなくてもいいという覚悟は、逆にあなたの言葉に自信と落ち着きを与えます。


---

④ 自分の中で「言葉を研ぐ」


日々の中で、自分が感じたことや考えたことを少しずつ短い言葉に置き換えてメモしておく習慣も有効です。詩のように短くても、心に残る言葉に近づいていけます。


---

最後に…


言葉の重みとは、**言葉の量ではなく、「どれだけ自分がその言葉を信じているか」**で決まる部分が大きいです。無理に変えようとしなくて大丈夫。今のあなたの「伝えたい」という誠実さは、すでに立派な力です。


よかったら、最近「うまく伝えたかったのに、言葉を詰め込みすぎた」と感じた場面があれば教えてください。一緒に言葉を整理してみることもできますよ。


-------------------------------------


や、優しい!ありがとうChatGPT。

そうだね、沈黙を恐れてはいけないね。沈黙は金。


ありがとう、Amebaブログ。思考を整理する場を提供してくれて。


アディオス!


タイトル通りです。
育児って報われないよね。報われるためにやってるんじゃないんだけど、報われたいよねって話し。

うち基本ワンオペ育児なので、常に私が子と一対一で過ごしているのだが、それが時に苦しい。
いや、子供って生まれてくるまでこんなに愛おしくて大切なものだということを知らなかったの。だから、子供が嫌とかではなく、無性に独りで自由に過ごせる時間がほしくなってる。

独りでいることが基本好きで風の音や草の匂いを感じながらゆっくり散歩することが好きだったのに、今はそれが叶わないことにストレスが溜まってきた。はあ。

もっとゆっくり映画観たいよ。水ダウ落ち着いてちゃんと笑いたいよ。髪の毛引っ張らないで、子よ。かわいいんだけどさ。何か悪い男に引っかかって、別れるに別れられない女みたいじゃんか(?)


独りでゆっくりする時間がほしい。

こんな望みも報われない。報われたい。


夫よ、社内でも残業し過ぎで心配されているそうではないか。同僚や上司に今の業務状況どう説明しているのかね?効率化は図れないのかね。おちおちしていると首になるぞ。外資は待ってはくれない。

そして私も辛いぞ、頼む、助けて。早く帰ってきて。


とにかく今は時間をくれ。独りになる時間がほしい。

子を置いて外へは出れぬ。


このモヤモヤしたストレスの様な、ワンオペへの怒りの様な、報われない悲しさの様な感情を解消すべく夫のクレジットカードで爆買いでもしようかと思ったが、ほしいものが無い。

何十万もするバックでも買ってやろうかと思ったけれども、別に欲しいわけではない。とにかく今後使って良かったと思う浪費をしたくて検索した結果、ファンドに100万くらい突っ込もうかという思考回路の私。つまんない奴かしら。ふうー


守るべき存在ができたことにより、個人自由との狭間でモヤモヤする日々が続いていることを記録してみました。

同様の問題は多くの人が直面する悩みだと思う。

そして、この悩みも保育園に入ればまた変化していくものだと思うが、最近感じた事を未来の自分がこの記録を見返した時にどう思うかも少し楽しみではある。


散文だったな、失礼する!

どうもこんばんは

おはようございます


変な時間(午前3時)に起きてしまいました

全然2度寝ができず辛い朝を迎えておりますアラフォーです 


前回のブログ記事から3年以上経ってしまいました

人生はゆっくり変わって来ています

子が生まれました(パチパチ)


さて、2025年をゆるりと迎えた訳ですが、

全く新年という感じがしないままです。。。

これではいけない!と思い、ここでは新年の抱負を書きたいと思います(箇条書き)


・運転免許取得

・FP2級合格

・生活の質を改善


運転免許は妊娠中に期限が来たのですが

酷い悪阻で更新に行けず、失効したので再取得!

約20年弱ぶりの教習所はめちゃ楽しいっすwww

人生2回目的な余裕があって内容により集中できるし、

法律も年々新しくなっているので学ぶ事も多い

技能も年の功(?)もあってか、落ち着いて楽しみながら運転できています

同じ資格を2回受けるのありだな!←バカ


FPはまあ、3級取ったし、2級くらいないとねぇ的な感じが自分の中にあるので受けるっす


生活の質については、育休中はSNSばっかりで自堕落な生活気味だったので

今年はSNSの時間を大幅削減(1時間以内)&もっと子どもと向き合う時間や料理等家事スキルを高めて、質の良い生活をしていくよー

気づいたんだけど、効率化を極めるとスーパーシンプル過ぎる暮らしになってしまう(食器洗いの手間が省けるので食事取らなかったり、洗濯物が少なくなるのでずっと同じ服だったり)

ので、質を高める方向へ意識してくよ

1日のタイムスケジュールを守るように心掛ける

1日の大まかなスケジュールは前の日までに決めておく

ちゃんと美味しい手料理作る

運動も1日1回は何かしらする

これらための手間は厭わないけれど、方法の改善は常に行なって行こうと思う

手始めにホットクックの調査と、キッチン時計を買う

子どもの離乳食を手作りする

腹筋20回する


そしていますぐ2度寝します


おやすみなさい


今日たまたま交差点の信号機横で見かけた「ラーメンショップ」というお店の看板。

おそらくラーメン屋の看板だと思います。


気になったのがそのネーミングセンス。

ラーメンを販売していると予想がつきやすいのは良いことだとは思います。

思いますが、個性を出そうとは入れようと思わなかったのでしょうか?

ラーメン屋というと「大勝軒」、「六厘舎」、「せたが屋」など和風な名前が多いイメージです。

ラーメンショップは和風にすると「麺屋」ですかね。

…そのまま!!!

いや、わかりやすくて全然いいと思うんです。


私が言いたいのは、思い入れみたいなのはなかったのか!?ということです。


まあ、それも個性なのですかね。

久しぶりにブログ書きますよー

 

最近は在宅ワークが中心なので、自分のペースでお仕事ができてとてもストレスが減りました。

一方で、運動不足だったり、集中がすぐに切れてしまったりと緊張感がないばかりに仕事がはかどらないことも多々あるので

一長一短って感じですかね。

 

さて、タイトルのIndian Summerですが、

この単語の意味ご存知でしょうか。

 

私が数年来大好きなRasmus Faberの曲のタイトルなのですが、

日本語の意味では「小春日和」にあたるそうです。

 

小春日和って言葉は知っていても、実際にいつのことなのか

イマイチわかっていませんでした。

たしか教科書にも出てこなかったですし、

私の人生の中で「今日は小春日和だね」というシーンが皆無だったということです。

(聞き逃していただけかもしれませんが)

 

小春日和は「晩秋頃の晴れた暖かな日」を指すそうなのですが、

具体的な定義(気温)などは現在のところ無いそうです。

そのため、天気予報では「小春日和」という単語は使われないとのこと。

 

意味を知らなかった頃は「早春の気温が上がり始めた頃のことかな」なんて思ってました。

冬の季語にあたるそうなので、全然違いますね。

意味合い的には春のように暖かな陽気とでも言いましょうか、そんな感じですね。

冬なのに春を思い起こさせるなんて、なんとも乙な単語に思えてきます。

 

今日はとても暑いので、冬の季語に思いを巡らせてみました。

少しひんやりとした今日この頃でした。