そして、 今回のお目当てだった青蓮院へ。
「真夏です」と言っているのは温度計だけでした
http://jr-central.co.jp/museum/kyoto/summer_1995_01.html
というコピーと共に紹介されたお庭でもあります。
建物の方がが古くからある自然のように、
そして
抜けるような空の青色のほうが近代的にさえ見えた、心地よい風景の数々。
ゆったりでき、かつバラエティーに富んだ工夫を垣間見せて頂ける殿舎。
心の掃除をしてくれるような風景。
そんな風景を通って自分に向かって吹き込んでくる風は
広くて、おおきくて 包まれたくなるような
やわらかな肌あたり。
どんな屋内よりも涼しさ際だつ風。
木々のエネルギーとやさしさ
自然にすーっとなだらかにマッチする建物、そして、
その 時間(とき)と空間 を鑑賞するひと。
目にも 涼やかな夏の花
殿舎の壁には
「大切な五つの心」 とある。
1.はい、という素直な心
2.すみません、という反省の心
3.おかげさまです、という謙譲の心
4.させて頂きます、という奉仕の心
5.ありがとうございます、という感謝の心
人として基本的な、こんな部分が、
最近、実行できなかったことあるかを反省してみたり。
そんなところから連想して
本当に飾らない
小さい頃から育てられてきた自分
いままでの周りのみんなや出逢いで育ってきた自分は
どういうものだったかな。。。
なんてつらつら考えてみた。
最近目先のとのに影響を受けて
判断基準が、惑ってないか
自分が汚されてきてないか、とか。
すこし日本文化に真面目に目を向けれるようになった年齢の高校時代に
修学旅行でゆったりお寺巡りをして以来
京都のスポットに足を向ける時間は
普段は外とのやりとりに向けている目を
自分の内側に向けて
自分時間に向き合う時間、になった。
今日を訪れたその時々に、
どんなことを考えていたかなぁ、と
思い出すのも、自分の軌跡。
ほんわり吹き込む 風が私を包む。
京のエネルギーを体に取り込む。
四季の中の夏の風景、夏の音。
すこし遠くの木々から響く蝉の声が、
逆に静寂を思わせる。
自分ひとりの人間を遙かに超えた何か大きなものが
やさしく包んでくれている気分。
自分オーラ,というものがあるのなら、
薄くなっていたそれを
それを取り戻すためのじかん、という気がする
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お庭にはこんなものも。
「ご自由にお撞き下さい」
こういうの見ちゃうと、つい自分でやってみたくなるタイプ・・・・。
・・・・・というわけで !








