定期的にもうすぐ試験なのに勉強していない的な夢を見ますが、深層心理では後悔でもしてるのかな


今の多くの人間関係が大学で培ったことを考えると、もっと良い大学に行ってたら…とかあんまり思えないって結構幸せかも。

たまに「死ね!」という言葉を口癖のように連呼する男がいますが、同性から見ても絶対まともではないのです。


自分の友達にそういう人がいないのも、そう言うことなんだろうと思います、

何かに全力でのめりこんで、いつの間にか時が過ぎ去って、苦労した分何かが残った気がして。


でも冷静になって振り返ってみるとそれは砂の城で、時にふと無意味に感じることがある。


積み上がっているものは一緒なのに、捉え方次第で急に無意味なものに感じたり、価値を感じたり。

捉え方次第であればいくらでも見方を変えて、そのものの価値を変えられるはずなのに。


何も考えずに一瞬で過ぎ去る時は楽だけど、後に苦しくなったり。

なんだか考えすぎてしまって、ゆったり感じる時はいつか振り返るととても貴重な時間なのかもしれない。


10年先は想像できないのに、多分気づいたら訪れているんだろうなあ。

はるか先のようで、一瞬で過ぎ去ってしまう10年がとても怖い。

最近の2-3年はたくさん楽しい想い出あったのに、なんだか手からすり抜けてしまっていったようで。


30代はギリギリ想像できても、40代の自分はどうしても想像できない。今の自分から本当に地続きなのだろうか。

でも歳上の人に聞くと大体今が楽しいと言っているから恐れなくてもその時なりの楽しさがあるのだろう。

歩きながら本を読んだことはありますか?

街中で歩きスマホはよく見かけても、なかなか歩き読書はみかけない。


散歩や徒歩が退屈に感じる時は思わずスマホを見たり音楽を聞いたりするものの、中々本を読むことはない。


ふと買った本を歩きながら読んでみると、やはり集中力が必要なので結構危ない。

途中で立ち止まって読んで、少し考えながら歩いて、また飽きたら立ち止まって本を読む。


そんな読み方をしていると、普段なんとなく流し読みしてしまうことでもじっくり考えて読めたり。


勤勉の象徴?二宮金次郎は歩きながらも本を読んでて偉いと言われるが、実は歩くのが退屈だっただけかもしれない。

もしそうなら、小学校に置いてあった像の教えの通り、街中にはたくさんの二宮金次郎がいる。