社会的な自分と、家で自分だけの時間を過ごす自分。

いつからか人から見られている自分や社会的な自分が、自分の核を侵食し、本当の自分が誰かに期待される自分になっていく感覚。


学生時代何より時間を大切にしていたので皆んながせっせとバイトしている時でもできるだけシフトを入れずに家でだらっとしたりするのが好きだった自分。


別にそんなに欲しくない気もするお金に自分の多大な時間を使っているのはなぜなんでしょうか。

学生時代のバイト先の店長の勤務時間を聞いて、そんなに働くなんて人生楽しいのかなって思っていたけど、あの頃のあの人とあまり変わらない自分になっているのがちょっと怖い。


久しぶりに自分として、自分勝手なことを書いてみると、消えかけていた自分が復活し、社会的な自分との間に少し距離が生まれることを実感し、なんだか今日もやっていけそうな気がした通勤電車09:38

最近ずっと雨だなと思っていたら、気づけば都心で34日連続の雨は最長記録更新とのこと。

秋を感じ始める1番好きな季節が雨というのは悲しいけれど、忙しくてお出かけする気力もない現在ではちょうど良いのかもと思ったり。

でもどこかでお出かけを楽しみにしていた人が悲しんでいるのかなと思ったり。


天気が悪いとみんなの元気がちょっとづつ無くなってしまうような気がする。


この台風が過ぎ去ったら、今までが嘘みたいに晴れて、みんなの元気が戻ってきたらいいね。


自分の元気も多分今は休憩しているだけだと信じて。

ふと想像してみる。もし自分がお金持ちになったら、毎日どんな生活をして何にお金を使うのか。


身の回りのもので高価なものって意外と少ない。

何十万、何百万使おうと思っても簡単にはできないし、そのようなサービスを作るのも簡単じゃない。


そう思うとキャバクラやホストってすごいなと。良い悪い、好き嫌いはさておき、何百万・何千万とする商品を提供できている。


広い家に住んで、美味しいものが食べれて、行きたいところに旅行に行ければ幸せなのだろうか?


キャバクラやホストが今も栄えてることはある種現代人の価値観を映し出しているのだろう。

周りを気にせずに好きな歌を大声で歌う子供。

笑顔で楽しそうなその子も、いつか大人になったら周りの目を気にしてそんなこともしなくなるのかと思うとちょっと悲しい気持ち。

仕事終わり、旧友と久しぶりに会いました。

旧友って書くと今は友達じゃないみたいだから友達の方がいいのか。


仕事で忙殺される日常では絶対に満たされない、心の奥の渇いた場所が満たされるような素敵な時間でした。

今は21時過ぎ、普段仕事をしていたらいつの間にか残業で過ぎ去っている時間。

ただその時間でとこんなに充実感が違うのかと思う反面、そんな過ごし方もできる時間を自分はいかに無駄にしているのだろうという虚しさ。


でも毎日がこんな日じゃないからこそ、多分こんなに大事に思えるのだと思う。

子供と離れて会った時の喜びを語っていた彼女の気持ちがすこしわかったような気がしました。


感謝ですね。そんな相手がいる自分、環境に感謝ですね。

全く同じ人間と東京で出会っていても、友達にはなれなくてこんな気持ちをいだけることもなかったのかもしれない。