統合や覚醒に意識を向けていくと
自分の中が、混乱してくる。
おそらく、自分の中に何らかの変化が
生じているのかな?と思います。
分離と統合を同時に感じているのかも
しれないなと思いました。
自分が少し混乱してきているので
アウトプットしながら
整理していこうと思います。
分離について考えてみると
分離とは、自分と何かの関係が
対等ではないということを
受け入れていること。
これは、「意識的な」という意味ですが。
対等ではないことも仕方がない
と納得しているということ。
本質的に正しく目醒めに進んでいると
「なんだか、おかしい・・・」
と思うことに出会います。
統合とは
自分の本質ではないものに気づくことと
自分の本質に気づくことだと思います。
統合とは
自分と自分を取り巻くものとの関係が
フラットになっていること。
損得や上下、優劣などがないこと。
統合とは
自分を尊重し、相手も尊重する。
ですが
あくまでも「自分の中で」ということ。
統合に向かうということは
分離しているものに気づくこと。
魂に沿って生きることは
本質の自分と何かの関係のズレを
修正すること。
3次元の意識から
5次元の意識になるには
エネルギー、波動、周波数で
とらえるという感覚に移行すること
だと思います。
しかも、今は自分という個人だけではなく
全体が大きく変化をしていく流れのとき。
ということは
古い時代の修行的で、過酷で時間がかかったり
選ばれた人だけしかたどり着けないような
目醒めのプロセスは必要ないということ。
目醒めるとは、気づくこと。
どれだけ、気づけるか?ということ。
その目安の一つが
自分と何かの関係性が
自分の思うようになっていないときに
自分の中で
どのような位置付けをしているのか?
ということを考えてみる。
それが
親、子ども、パートナー、仕事、お金、健康
どんなことであったとしても
自分と何かを、天秤に乗せたときに
バランスがとれているか?
自分をしっかりと感じることができるか?
バランスが崩れていると
自分ではなく
別のものにエネルギー(意識、時間)を
使っていると思います。
統合というのは
自分を知り、自分というエネルギーを
自己認識、自己管理することだと思います。
わたしは
自分が統合や覚醒に意識を向けている中で
思っていることがあります。
それは
いつになったら
自分が目醒めていると認めるのか??
ということです。
目醒めていない自分に
慣れ過ぎてしまって
目醒めている自分を
認められていないだけなのでは?
と思ったりします。
自分が目醒めているという意識で
過ごしていくことで
現実がいつしか変わっていく。
これが
内側が先で、現実は後
という具現化の法則です。
それが
自分が目醒めている自分を
認めていなければ
現実が変わるはずないんですよね。
目醒めていない自分を
現実の中で探しているのだから。
これから、社会的なシステム自体が変われば
自然に目醒めに順応していけると思います。
ですが、わたしのように
今、このようなことに意識を向けている人は
先に目醒めることが役目になっているはず。
だとしたら
自分が目醒めていることを認めて
目醒めの感覚で生きる自分に
慣らしていかなければ
わたしは、いつ目醒めるんだろう・・・
と思ってしまう
目醒め難民が増えるのでは?
と思います。
ここを抜けたら
ラクになるのだと思いました、
今日も読んでいただきありがとうございます。
目醒めている自分で一日を過ごす💖