R.I.P. Steve Jobs
もうすぐだろうとは思っていたけれど、会長就任からまもなく、しかも、iPhone 4S発表の翌日というタイミングでの逝去。
死の間際まで、人生の全てをとことん企業人として、そしてAppleのヴィジョナリーとして、生きることを選んだことに、なにかどうしようもなく心を動かされてしまいます。
*
私が、最初に触れたMacintoshはIIciでした。
漢字Talkは6.0.7だったと思います。GOM Talkを使った7はもう少し後でしたから、1990年ぐらいのことだと思います。
その頃のMACは8MRAM、80MBHDに13インチのカラーモニターを組み合わせると、軽自動車が買えるようなバカみたいな値段でした。
いわゆる国産PCとはケタ違いの高級機で、キャノン販売の広告には「最高を最初から」という皮肉のようなキャッチがついていました。購入を悩んでいる人には危険な念仏でもあります。
プログラムは、Photoshopがver.1。FLASHの前身MacroMind DirectorはVer.2.0だったでしょうか。バックアップしていたのがFD1枚。PhotoshopがFD1枚に入るんです(笑
もちろん、ネットワークは2400bpsのモデム。インターネットはまだありません。1995年くらいまでは、Niftyのフォーラムがほぼ唯一で最大のコミュニティでした。
そんなMacintoshは、それまでのPCとまったく違っていました。
コモドールや、NECのPC-9801(持ってましたけど)などは、コマンドラインがわからなければ使えない(そのころオタクという言葉はなかったけれど)オタク向けのものでした。
なにより、画面を見ても、英数字やカクカクとした図形が表示されているばかりで、けっして誰もがワクワクするようなものではありませんでした。
単なるオタクの遊びの道具で、それで何ができるの? なんの役に立つの?という疑問に、PCは答えていませんでした。
*
しかし、Macintoshはまったく別物でした。
Photoshopでは人の表情や景色を自在に操ることができました。
MacroMind Directorでは、自由自在にアニメーションを動かせることを教えてくれました。
Aldus Pagemakerは写植の終焉を告げていました。
MacPaintとMacDrawはコンピューターで画が書けることを教えてくれました。
Hyper Cardはユーザーが自在に使えるはじめてのプログラミングツールで、Macintoshの可能性は無限大に見えました。
すべて、それまで見たこともなかったものです。
IIfxでのデモをはじめて見たときには、腰が抜けました。
コンピューターというものは、こんなにも人間の可能性を広げるのだということを、目の前にガツンと突きつけられたのです。
今思えば、このころからJOBSは「要するに私たちにとって、どんな役に立つのか」ということが最も重要であるということをわかっていたのでしょうね。最近のキーノートのプレゼンテーションのように。
そのころ、JobsはMACのことを「知的自転車(Wheels for the Mind)」と言っていました。人間の知的能力を自転車のように簡単に拡大できるツールだというわけです。

まさに、それは可能性の塊でした。
*
起動画面で、笑顔を見せてくれるMACを私は大好きでした、故障すると、Sad Macが出て、データは吹っ飛び、どうしようもないMACが大好きでした。
それを使い続けることそのものに、ワクワクしていたように思います。
96年ぐらいに会社でWINDOWSがメインになるまで、ずっとMACを使い続けていました。その後も、職場ではWINDOWSががメインになっていましたが、必ず傍にMACがありました。
IIsi、LC630、 Quadra 800、Power Macintosh 8600、Power Macintosh G4を2台、Mac mini。
PowerBookは100、1400(5300か?)、2300C、DUO230。
そして、2010年。二代目Mac Book Airを見て、持ち歩くメインマシンをMacに戻しました。OS Xが強固なOSとして完成してきたことも大きな理由ですが、iPhoneも含めて、デジタルデバイスの潮流がここに移ってきていると感じたのが一番の理由です。
初代Macintosh 128Kの登場から27年。iMacの登場から13年。iPodの登場から10年。iTunes Music Storeの登場から8年。iPhoneの登場から3年半。iPadの登場から1年半。
今思えば、どれも世界を変えるイノベーションですね。
*
そして、2011年。iPhone(もしかしたら、他のスマートフォンも)は、パーソナルデバイスとして、唯一の存在になりつつあります。
ソーシャルネットワークとiPhoneの登場は、個人というものがすごくフォーカスされる新しい時代を予感させます。 個人同士のP2Pやshareの考え方は産業構造を変化させそうです。
そんな2011年のJobsの逝去。
もう世界は変えたよ。あとは、みんなが主役だ。私たちの作ったデバイスの上で、次の10年を楽しんでくれとJobsが言っているように思えてなりません。
ひとつのイノベーションの流れが終わり、次のイノベーションは彼が作った仕組みの上で起こるんじゃないか。
そんな気がしています。
もっと、がんばらなきゃなあ。ほんとに、そう思いました。
*
Stay hungry, Stay foolishも素晴らしいのですが、今日はJobsが大好きだったという、1997年のThink Differentキャンペーンのセリフが心に染みます。Jobs自身が入れ込んで創り上げたキャンペーンだそうです。ぜひ、読んで、見て、明日から、自分の知的自転車のペダルを踏みましょう。

---
Here’s to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.
They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.
You can praise them, disagree with them, quote them,
disbelieve them, glorify or vilify them.
About the only thing you can’t do is ignore them.
Because they change things.
They invent.They imagine.They heal.
They explore.They create.They inspire.
They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.
How else can you stare at an empty canvas and see a work of art?
Or sit in silence and hear a song that’s never been written?
Or gaze at a red planet and see a laboratory on wheels?
We make tools for these kinds of people.
While some see them as the crazy ones,
we see genius.
Because the people who are crazy enough to think
they can change the world, are the ones who do.
---
クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と
呼ばれる人たち。
四角い穴に,丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち。
彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。
彼らの言葉に心うたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは誰にもできない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。
彼らは発明した。創造した。
人の心をいやし、奮い立たせてくれた。
彼らは人間を前進させた。
彼らは人と違った発想をする。
そうでなければ、何もないキャンバスの上に
芸術作品は見えてくるだろうか?
静寂の中に、今までにない音楽が聞こえてくるだろうか?
私たちは、そんな人たちのための道具を作る。
クレージーと言われる人たちを、私たちは天才だと思う。
自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが、
本当に世界を変えているのだから。
(アップルジャパン訳)
死の間際まで、人生の全てをとことん企業人として、そしてAppleのヴィジョナリーとして、生きることを選んだことに、なにかどうしようもなく心を動かされてしまいます。
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私が、最初に触れたMacintoshはIIciでした。
漢字Talkは6.0.7だったと思います。GOM Talkを使った7はもう少し後でしたから、1990年ぐらいのことだと思います。
その頃のMACは8MRAM、80MBHDに13インチのカラーモニターを組み合わせると、軽自動車が買えるようなバカみたいな値段でした。
いわゆる国産PCとはケタ違いの高級機で、キャノン販売の広告には「最高を最初から」という皮肉のようなキャッチがついていました。購入を悩んでいる人には危険な念仏でもあります。
プログラムは、Photoshopがver.1。FLASHの前身MacroMind DirectorはVer.2.0だったでしょうか。バックアップしていたのがFD1枚。PhotoshopがFD1枚に入るんです(笑
もちろん、ネットワークは2400bpsのモデム。インターネットはまだありません。1995年くらいまでは、Niftyのフォーラムがほぼ唯一で最大のコミュニティでした。
そんなMacintoshは、それまでのPCとまったく違っていました。
コモドールや、NECのPC-9801(持ってましたけど)などは、コマンドラインがわからなければ使えない(そのころオタクという言葉はなかったけれど)オタク向けのものでした。
なにより、画面を見ても、英数字やカクカクとした図形が表示されているばかりで、けっして誰もがワクワクするようなものではありませんでした。
単なるオタクの遊びの道具で、それで何ができるの? なんの役に立つの?という疑問に、PCは答えていませんでした。
*
しかし、Macintoshはまったく別物でした。
Photoshopでは人の表情や景色を自在に操ることができました。
MacroMind Directorでは、自由自在にアニメーションを動かせることを教えてくれました。
Aldus Pagemakerは写植の終焉を告げていました。
MacPaintとMacDrawはコンピューターで画が書けることを教えてくれました。
Hyper Cardはユーザーが自在に使えるはじめてのプログラミングツールで、Macintoshの可能性は無限大に見えました。
すべて、それまで見たこともなかったものです。
IIfxでのデモをはじめて見たときには、腰が抜けました。
コンピューターというものは、こんなにも人間の可能性を広げるのだということを、目の前にガツンと突きつけられたのです。
今思えば、このころからJOBSは「要するに私たちにとって、どんな役に立つのか」ということが最も重要であるということをわかっていたのでしょうね。最近のキーノートのプレゼンテーションのように。
そのころ、JobsはMACのことを「知的自転車(Wheels for the Mind)」と言っていました。人間の知的能力を自転車のように簡単に拡大できるツールだというわけです。

まさに、それは可能性の塊でした。
*
起動画面で、笑顔を見せてくれるMACを私は大好きでした、故障すると、Sad Macが出て、データは吹っ飛び、どうしようもないMACが大好きでした。
それを使い続けることそのものに、ワクワクしていたように思います。
96年ぐらいに会社でWINDOWSがメインになるまで、ずっとMACを使い続けていました。その後も、職場ではWINDOWSががメインになっていましたが、必ず傍にMACがありました。
IIsi、LC630、 Quadra 800、Power Macintosh 8600、Power Macintosh G4を2台、Mac mini。
PowerBookは100、1400(5300か?)、2300C、DUO230。
そして、2010年。二代目Mac Book Airを見て、持ち歩くメインマシンをMacに戻しました。OS Xが強固なOSとして完成してきたことも大きな理由ですが、iPhoneも含めて、デジタルデバイスの潮流がここに移ってきていると感じたのが一番の理由です。
初代Macintosh 128Kの登場から27年。iMacの登場から13年。iPodの登場から10年。iTunes Music Storeの登場から8年。iPhoneの登場から3年半。iPadの登場から1年半。
今思えば、どれも世界を変えるイノベーションですね。
*
そして、2011年。iPhone(もしかしたら、他のスマートフォンも)は、パーソナルデバイスとして、唯一の存在になりつつあります。
ソーシャルネットワークとiPhoneの登場は、個人というものがすごくフォーカスされる新しい時代を予感させます。 個人同士のP2Pやshareの考え方は産業構造を変化させそうです。
そんな2011年のJobsの逝去。
もう世界は変えたよ。あとは、みんなが主役だ。私たちの作ったデバイスの上で、次の10年を楽しんでくれとJobsが言っているように思えてなりません。
ひとつのイノベーションの流れが終わり、次のイノベーションは彼が作った仕組みの上で起こるんじゃないか。
そんな気がしています。
もっと、がんばらなきゃなあ。ほんとに、そう思いました。
*
Stay hungry, Stay foolishも素晴らしいのですが、今日はJobsが大好きだったという、1997年のThink Differentキャンペーンのセリフが心に染みます。Jobs自身が入れ込んで創り上げたキャンペーンだそうです。ぜひ、読んで、見て、明日から、自分の知的自転車のペダルを踏みましょう。

---
Here’s to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.
They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.
You can praise them, disagree with them, quote them,
disbelieve them, glorify or vilify them.
About the only thing you can’t do is ignore them.
Because they change things.
They invent.They imagine.They heal.
They explore.They create.They inspire.
They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.
How else can you stare at an empty canvas and see a work of art?
Or sit in silence and hear a song that’s never been written?
Or gaze at a red planet and see a laboratory on wheels?
We make tools for these kinds of people.
While some see them as the crazy ones,
we see genius.
Because the people who are crazy enough to think
they can change the world, are the ones who do.
---
クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と
呼ばれる人たち。
四角い穴に,丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち。
彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。
彼らの言葉に心うたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは誰にもできない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。
彼らは発明した。創造した。
人の心をいやし、奮い立たせてくれた。
彼らは人間を前進させた。
彼らは人と違った発想をする。
そうでなければ、何もないキャンバスの上に
芸術作品は見えてくるだろうか?
静寂の中に、今までにない音楽が聞こえてくるだろうか?
私たちは、そんな人たちのための道具を作る。
クレージーと言われる人たちを、私たちは天才だと思う。
自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが、
本当に世界を変えているのだから。
(アップルジャパン訳)