少年法と子どもの人権 | 天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか

天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか

心の中は 自分にも 誰にも見えない

気が付いたら 心も 身体にも 冷たい風が吹いている

あなたの心に 何かが起きていたのですね

笑顔にかくされた学校での悲しい出来事が

少女のすべてを奪ったのかもしれない

先週金曜日、少年法について子どもの人権、権利の弁護士達が会合を行っていました。子どもオンブズパーソン協会の方にお誘いを受けていましたが、同じ時間に弁護士会館の東京弁護士会でも子どもの人権と権利について毎年8月に開催される公演顔合わせの為に断念

少年法の改正が急務で執り行ない発動を願っている人が多くなって来ている。本来なら凶悪犯罪が起きたからでなく、いじめ防止法案が施行されるのと同時なのが子どもの人権と権利からすれば最良のカタチと個人的に考えています。
そもそも「いじめ」という言葉に違和感と異論が出ているのが世論では?
あくまでも私個人の考えですが、自殺関与罪や同意殺人にあたる程のいじめが行われているようにしか思えないのです。天童中1の少女などは実態もかなり大人ばりの陰湿さに追い込まれていたと確信していますし、宮崎県新富町は教師と生徒の保護者が不登校に至る経緯を余りにも軽度に捉えているのも明確です。
大人が軽く捉えていれば生徒も同様のことをする。いじめは大人の犯罪の代名詞ではない。罪名にいじめがないのなら撤廃すべき言葉だと強く願います。