生きていたかったはずの命なのですから。
いじめという問題に対して有識者、学識者、弁護士等の第三者委員会が設置され報告書がまとまり提出される。この報告書によって更に苦悩をもたらせ愕然とするご家族も少なくない。命を失う程の日々を時系列で調査したとて、それを文章化すると人らしさの表現が欠けていると感じるからだと思う。学校生活の中と一人になっている時間での苦しみを全く会った事のない人間が、どのように周りに聴き取りを実施しても本人の苦しみを表現出来るものなのか?その表現に近づいたものは大凡に憶測の域と判断され簡素化された調書に近くなる。時系列で考えるのは要点をいち早く把握出来る為のツールであっていじめ(私はいじめの言葉が嫌だが)を受けている本人に時系列も何もない。24時間いじめの実態が心の中に存在していての生活なのだから時系列で区切られて文章化されても納得いくはずがない。まして命を絶つまでの心情が報告書に反映されるのか疑問です。