天童一中の1年生女子生徒は陰湿な虐めにあい
1月7日の登校途中に自らの命に終わりを迎えさせた。
あの日から私の心の中では様々な格闘がありました。
今から思えば、半ば強引にも近い少女の遺影との対面
遠い山形県天童市での事件であるのに
どうしても行かずにはいられない衝動に駆られ
49日後の少女にやっと対面できました。
1月18日、私は母親の3回忌のため新幹線に乗った
遠く離れて暮らした年月の方が長くなってしまったけど
せめて最後は母を看取ろうと仕事を辞めて看病し始め
姉や私の誕生日を過ごした翌日に息を引き取った。
母は、絵を描く人であり晩年は心の傷ついた子供や
障害のある子供のために絵を教えていました。
その母の笑顔の遺影と描いた絵が飾られた部屋で
天童一中の少女の自殺について話している
TVアナウンサーの話が聞こえてきた。
翌日の帰りの新幹線は東京に向かって左側の窓
どうしても昨夕に聞いた話が気になりだして
胸が苦しくなってくるばかりでした。
これまで「いじめと学校の曖昧な対応」に苦しんで
自殺していった子供達と同じように・・・・
この少女も犠牲になったのだ
苦しみから逃れるために空の彼方に救いを求めた
少女の遺影に対面したかったのは
どうしても少女と約束がしたかったから・・・・・
少女を苦しめたことば・うわさ・出来事・空気
いじめられたのだ という事実を絶対に忘れない
だから少女の遺影に対面したかった。
どうして不登校の子供のお世話とかしてるの?
どうしていじめ自殺とかに関わるようになったの?
どうして学校問題に興味を持つようになったのですか?
時々、質問されることがある。
適当にこじつけて答えてはいるけれど
明確な理由は自分でも分からない
生きてきた道のりの中と性格の一部に組み込まれて
そうすることが当然なのだと思っているのだから
仕方ない・・・・・