こんにちは。りんです🐴💕
今回は学生団体立ち上げに至るまでの私の経験と想いをちょっぴり書きたいと思います。
🌼学生団体LEES立ち上げに至るまで🌼
私は中学3年間いわゆるイジメを経験しました。
私はイジメが始まってからつい最近までの約7年間、
「自分がいなければすべてが終わるんだ」
「自分なんていない方がいい」
「自分さえいなければ」
いつ死のうか、どう死のうかと考えては試して諦めて、、そんな自分とただひたすらに闘う日々を過ごしてきました。
自分がイジメられていることで友達や家族、大切な人たちに迷惑をかけてしまうこと、大切な人を傷つけてしまうことが何よりも辛くて苦しくて申し訳なくて。
私がこんな私だから。
イジメられる自分が悪いんだ。最初から友達なんて作らずにひとりでいればよかったんだ。
最初から私なんて存在しなければ大切な人たちにこんなに迷惑をかけてこんなに悲しませることなんてなかったのに。
生きていることに対する罪悪感でいっぱいでした。
死にたいと思った
死のうとしてみた
でも、死ねなくて
死ねなかったから
たくさんたくさん
ごめんねっていいました
ごめんなさいって何度も何度も
涙も声も枯れるまで叫びました
それから
たくさんたくさん自分と向き合いました。
死にたい が 死のう に変わって 行動に移して
でも死ねなくて
苦しくて
踠いて
気づいたこと。
本当は”死にたいんじゃない”
“いまを終わりにしたいだけなんだ”
あの頃の私は、狭くて痛くて息苦しい入口も出口も見つからない暗闇のなかで時間の流れなんて感じる余裕も無く自分のことだけに精一杯でただその呼吸ひとつすることに必死でしがみついていました。
死んだら全てが終わると思っていました。
でもそれは違いました。
私以上に痛みを抱えていたのは
私を支えてくれたみんなの方で
私が自分で命を終わらせることは
自分を犠牲にして私を支え、守り、共に闘ってくれたみんなを一番傷つけてしまうことで
死ぬことで私が解放されるすべてを、
それ以上を、
大切な人に一生背負わせてしまうことで
大切な人を裏切ることで。
私にはできませんでした。
私がいまここにいるのは、たくさんの人たちが自分を犠牲にして私を支え励まし共に歩んでくれたからです。そして、私自身が自分が生きる意味と楽しさをみつけ出すチャンスをくれたからです。
特にこの7年間で、私は本や映画、音楽、テレビを通じて沢山の人々の人生を知り、たくさんの生き方を学びました。
世界にはストリートチルドレンやマンホールチルドレンと呼ばれる子ども達がいることや様々な環境のなかで生きる人々、マララ・ユスフザイさんを始めとし社会と向き合い闘う同世代の若者がいることも知りました。
アスリート、実業家、表現者など世界で活躍する沢山の人々が様々な過去を乗り越え、ハンディキャップと向き合いながら夢を叶え日々を生きていることも知りました。
たくさんの人々から「生きる勇気」をもらい、「こんなステキな生き方もあるんだ」と励まされ、私は自分なりの生き方を見つけることができました。
人生楽しいことも苦しいことも辛いこともあるけど
”それでも生きていく”
これが私がみつけた私の生き方です。
このような経験を通じて、私のなかで生きることについての関心が高まっていき2018年1月にプロジェクトの立ち上げに踏み出しました。
もう何年も前からいじめや労働問題、性的問題、貧困、虐待、学力不振など様々な理由からなる自殺に関するニュースが後を絶ちません。
自殺に至らずとも学校や職場、家庭などで様々な悩みを抱え苦しみ闘っている人、将来に不安を抱える人もきっとたくさんいると思います。
心の傷には必ず後遺症が残ることを私は知っています。
過去を断ち切って未来を描き今を生きることは簡単なことではないけど、辛かったこと苦しかったこともぜんぶ力に変えていけたら、きっと最後に笑えると信じて生きていたい。
そう私は思います。
世界には生きたくても生きられない人がたくさんいる
死にたい なんて
どれほど幸せなワガママを言っていたのか
生きられることが当たり前のことのように前提にあった自分がとてもとても恥ずかしいです。
そんな私でも今日も生かされている
私はもう死にたいなんて絶対思いません
思いたくありません
私の命は私だけのものじゃないから
私がそうしてもらったように
これからは私も、誰かの”生きる”をそっと応援できる人でありたい。
自分が自分を一番愛せるアナタあってほしいから
これが団体立ち上げに至るまでの
私の経験と想いの一部です。
今回は学生団体立ち上げに至るまでの私の経験と想いをちょっぴり書きたいと思います。
🌼学生団体LEES立ち上げに至るまで🌼
私は中学3年間いわゆるイジメを経験しました。
私はイジメが始まってからつい最近までの約7年間、
「自分がいなければすべてが終わるんだ」
「自分なんていない方がいい」
「自分さえいなければ」
いつ死のうか、どう死のうかと考えては試して諦めて、、そんな自分とただひたすらに闘う日々を過ごしてきました。
自分がイジメられていることで友達や家族、大切な人たちに迷惑をかけてしまうこと、大切な人を傷つけてしまうことが何よりも辛くて苦しくて申し訳なくて。
私がこんな私だから。
イジメられる自分が悪いんだ。最初から友達なんて作らずにひとりでいればよかったんだ。
最初から私なんて存在しなければ大切な人たちにこんなに迷惑をかけてこんなに悲しませることなんてなかったのに。
生きていることに対する罪悪感でいっぱいでした。
死にたいと思った
死のうとしてみた
でも、死ねなくて
死ねなかったから
たくさんたくさん
ごめんねっていいました
ごめんなさいって何度も何度も
涙も声も枯れるまで叫びました
それから
たくさんたくさん自分と向き合いました。
死にたい が 死のう に変わって 行動に移して
でも死ねなくて
苦しくて
踠いて
気づいたこと。
本当は”死にたいんじゃない”
“いまを終わりにしたいだけなんだ”
あの頃の私は、狭くて痛くて息苦しい入口も出口も見つからない暗闇のなかで時間の流れなんて感じる余裕も無く自分のことだけに精一杯でただその呼吸ひとつすることに必死でしがみついていました。
死んだら全てが終わると思っていました。
でもそれは違いました。
私以上に痛みを抱えていたのは
私を支えてくれたみんなの方で
私が自分で命を終わらせることは
自分を犠牲にして私を支え、守り、共に闘ってくれたみんなを一番傷つけてしまうことで
死ぬことで私が解放されるすべてを、
それ以上を、
大切な人に一生背負わせてしまうことで
大切な人を裏切ることで。
私にはできませんでした。
私がいまここにいるのは、たくさんの人たちが自分を犠牲にして私を支え励まし共に歩んでくれたからです。そして、私自身が自分が生きる意味と楽しさをみつけ出すチャンスをくれたからです。
特にこの7年間で、私は本や映画、音楽、テレビを通じて沢山の人々の人生を知り、たくさんの生き方を学びました。
世界にはストリートチルドレンやマンホールチルドレンと呼ばれる子ども達がいることや様々な環境のなかで生きる人々、マララ・ユスフザイさんを始めとし社会と向き合い闘う同世代の若者がいることも知りました。
アスリート、実業家、表現者など世界で活躍する沢山の人々が様々な過去を乗り越え、ハンディキャップと向き合いながら夢を叶え日々を生きていることも知りました。
たくさんの人々から「生きる勇気」をもらい、「こんなステキな生き方もあるんだ」と励まされ、私は自分なりの生き方を見つけることができました。
人生楽しいことも苦しいことも辛いこともあるけど
”それでも生きていく”
これが私がみつけた私の生き方です。
このような経験を通じて、私のなかで生きることについての関心が高まっていき2018年1月にプロジェクトの立ち上げに踏み出しました。
もう何年も前からいじめや労働問題、性的問題、貧困、虐待、学力不振など様々な理由からなる自殺に関するニュースが後を絶ちません。
自殺に至らずとも学校や職場、家庭などで様々な悩みを抱え苦しみ闘っている人、将来に不安を抱える人もきっとたくさんいると思います。
心の傷には必ず後遺症が残ることを私は知っています。
過去を断ち切って未来を描き今を生きることは簡単なことではないけど、辛かったこと苦しかったこともぜんぶ力に変えていけたら、きっと最後に笑えると信じて生きていたい。
そう私は思います。
世界には生きたくても生きられない人がたくさんいる
死にたい なんて
どれほど幸せなワガママを言っていたのか
生きられることが当たり前のことのように前提にあった自分がとてもとても恥ずかしいです。
そんな私でも今日も生かされている
私はもう死にたいなんて絶対思いません
思いたくありません
私の命は私だけのものじゃないから
私がそうしてもらったように
これからは私も、誰かの”生きる”をそっと応援できる人でありたい。
自分が自分を一番愛せるアナタあってほしいから
これが団体立ち上げに至るまでの
私の経験と想いの一部です。